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酒乱
米の生命いのちが生きるまで

 

     

目次

 

 序 心の目覚め
 ■地獄期■
酒乱の断末魔
自然界が諭す〝生命の声〟
母の生い立ちと因果の流れ
酒精に呑まれた父
墓の塔婆木に化けた魚代金
天に詫びる母
不思議な因縁の組み合わせ
頭上を飛ぶ御鉢
酒乱因子の吹きだまり
慈愛一路で生きた母の最期
母の心残り
目覚めなき、父の最期
酒飲みの血統に向けた神の矢
酒害因子の開花
酒乱人生の開幕
母子心中を超越した〝妻の一念〟
天の啓示に生きる妻
妻子を残して土方三昧
真っ赤に走る一台のトラック
お上り乞食の一夜の浅草
難行苦行の人あれど
久しく燃える酒乱の炎
守護の窓口となった妻と自然律(悪は、この世の仮りの姿)
息詰まる死の恐怖
泊められない宿
酒乱と嫉妬の協奏曲
神の絵図面を歩く夫
噴火口に真っ逆さまの霊夢
神のお膳立て、四十五歳計画
天馬のごとし女神の妻
神と魔の対決
澄みわたる妻と錯乱の夫
妻の〝心釈き〟(Tさんと日光のサル軍団)
酒乱の先祖おろし
一心同体、生命の運命
千日悲願(米の生命が生きるまで)
神技一瞬、〝刃に変わる水柄杓〟
神が手向けた女の魔神
 ■黎明期■
地獄に降ろされた御神火
酒乱童子の成仏
心霊への誘い(死後に残る津波の恐怖)
人間改造への突入
七羽のカラスに襲われたガタガタの体
酒乱の因縁と闘う自己解体
妻との葛藤
浄土へ向けての過渡期
酒乱成仏、息子に残してなるものか
米は、いのちの光
生命の樹
輝け、人生の扉開き
 むすび

 

 

 母の心残り

 

 母亡き後、二十六年目のお盆、八月二十一日のことだった。
 奇しくも、自分の知らざる次元の中で、母の心残りであったことを、今、私が代行していることに気づいた。
 それは、父系の墓地(無縁墓地となっている)の守りのことである。この話は、断酒四年目のことだった。廃家断絶となっていた墓地は、母が生前守っていたものであるが、直接に聞いた覚えはなく、それらしい雰囲気だけしか私の記憶にはなかった。
 だが、妻の心霊現象が激しさを増す日々の中で、その光の波動に寄り集まってくる霊魂の世界を、感ずるようになっていた自分は、後ろから押される衝動で、動き出していた。
 母が出生したこの街には、四十数カ所の寺があるが、探し求めて、十四番目の曹洞宗の墓地で、処分寸前のところを発見できた。ここの住職に「お宅の先祖さんはありませんねェ……」と言われた時、一瞬、えも知れぬ胸騒ぎがした。
「失礼ながら、私にも一度、過去帳を拝見させてください」
と、願い寄った。そうして、ついに発見できた。〝満天の喜び〟は、今でも残る感動だった。そして、過去帳にあれば、必ず、どこぞに墓はあるはずだ。それから数時間後、土に半分ほど埋もる二体の墓石を発見することができた。
 二十一日は、母の命日である。住職の言うままに引き下がっていたら、永久に捜し出せなかったことになる。さらに、住職は、「無縁墓地は、そろそろ整理処分する予定だった。よかったですねェー」と言う。
 そして、墓の頭部対角線には、刀傷が生々しく、薄く苔むしながらも、くっきりと刻まれていた。
 このように、母の心残りとしたことを、無意識的に代行している自分に気づく。母は、こうして、私をかりて、頑張っているのではないだろうか。
 話は、平成三年二月二十一日十二時二十一分のこと。母と、はっきりわかる声なき声を聞くことができた。
〝生きてかよわす 身のさだめ〟……
と、私の体の中、胸か腹のほうからか、深く遠く、そして近く、立体的に響いてきた。二月二十一日は、母の本命日だ。また、十二時二十一分は、母の生命の証しを、確信させられた一瞬である。
 こうした〝数〟に生きて、寄ってくる亡き心々の証しは、妻にとっては日常のことでもある。だから、妻の生命いのち(光=愛)を通して、私の先祖の魂も、成仏を求め、この世の、かずたまに生きたのではないだろうか。

 

 

目覚めなき、父の最期

 

 父は、母亡き後、九年間、兄といっしょだったが、どうも酒の上で問題が絶えず、生き地獄の火の消えることはなかった。そして、酒を飲み続けた父は、四つんいになりながらも、生きのびた。
 いよいよ、酒乱地獄の火も消え、波瀾万丈のまま、飲み続けてきた自らを、酒の精に預けるごとくに、この世を去った。時に、昭和四十九年五月十九日、享年八十五歳の生涯であった。
 母は、自らの因縁を、慈愛一筋の生涯によって消滅させることができた。なぜなら、私自身に、祖先的罪障感が感じられないのも、そのひとつの理由である。だが、父の因縁はどうかというと、全く母の逆であった。それは、父自身によって、因縁解消の改心が得られなかったためなのであろう。
 父は酒の精に飲み込まれながら、目覚める動機を逸してきた。動機となる〝縁〟が、いつも目前にあるというのに、自ら避けるようにしてきたせいだ。だから、その業・因縁は、もろに私たちに吹きつけてきたものと思ってよいだろう。
 だが、このカルマを、さらに、子孫へ送り続けることは許されない。父が、私の霊体の中で、生きている限りは、今度、父に代わって、この私が、この現世で、肉体ある限り、調和ある自然体(自然心)に戻さなくて、なんとするか。
 父の生命の中で育った悪性因子を、子の誰かが、いや、全員が揃って、命がけで、解消しなくて、なんとするか。この自分の目覚めこそ、すなわち、亡き父の目覚めそのものであり、父を責めてどうなるものか。
 現世の、この我が身こそ、天命の自覚に燃えて、睦まじい人生にしなくてはならないのだ。
 ここまで気づくには、はや五十八年の人生を費やしていたのだった。それも、酒乱の限りを尽し、地獄の底を這いずり回りながら摑んだ、目覚めの一灯なのである。
 つい最近のこと、私は〝人間は目覚めゆく動物である〟と思った。万物から抜きん出た知恵ある動物の人間は、自分自身を反省できる、唯一の動物である。自分に目覚めるということこそ、人間と動物の大きな違いのひとつではないか。
 この目覚めるということには、それなりの〝縁〟という動機付けがある。なにによって、目覚めるのか。自らの苦悩の中で、目覚めるのか、他人の不幸性を見て、自らに言い聞かせて目覚めるのか、わずかな失敗によって、早くも目覚めるのか、他人を傷つけ、苦しめて、自らの不甲斐なさに目覚めるのか、そのほか、どういう動機で、自分というものに気づくことができるかなのである。
 私の目覚めは、生命いのちの愛(米の生命酒の生命の愛)に導かれた目覚めだと、妻は言う。
 目覚めも、自分の生涯の中でか、あるいは、次の世代でか、その目覚め方に差があろうとも、生命の調和力というものは、その者に〝死〟を与えても、正しい人の道に向きを変えるものだと信じている。必ずや、人は目覚める。
 父は、その目覚めゆく、良心の扉を開かずに、我々子孫に、その扉開きを委ねるようにして、この世を去って行った。
 だが、強烈に迫る調和の力は、この私を矢表に立てたのだった。そして、父を背負い、どっかと立って、地獄のドン底から立ち上がらせたのである。それも、母と妻の守りの中で、見事、目覚めさせられたこの生命いのち。父子二代の酒乱劇となったのである。
 この『告白記』は、あくまでも、悪性因縁を中心に展開するため、俄然、非人間性を露呈したものとなっている。しかし、父の光の部分も、多くあるのも、もちろんのことである。
 人間にひそむ〝光の部分(善性)〟と〝闇の部分(悪性)〟の闘いの中で、いかに、悪性が善性を喰い散らして生きているかなのである。
 いくら善性部分が多くとも、悪性の自分に打ち殺されたなら、それは二足三文というものだ。このことは、他の動物には見られない、人間独自の、笑うに笑えない、深刻な滑稽さではないだろうか。
 バランスで、どこまでも生きるこの生命いのち。緩めたら引締め、引締めたら緩めることではないか。どちらにも片寄らずに、〝心のハンドル〟を握りたいものである。また、苦しい縁で心を正し、うれしい縁で感謝のできる、心の羅針盤を持ちたいとも思っている。それでこそ、父も成仏できる、ということではないだろうか。
 ここで一席、

『しっちゃか節』(即興『目覚め節』)

㈠ 悪い種をば き散らし
散らした種は 芽が生えて
生えた芽には 花が咲き
咲いた花には って
その実を喰って 生きてゆく
ソレッ しっちゃかめっちゃか どっこいしょ ソレッ

㈡ 喰って喰って 喰いまくり
孫子の代まで 喰いまくり
喰った実の毒 気の毒に
頭かかえて 腹かかえ
肝臓腎臓 おかされる
ソレッ しっちゃかめっちゃか どっこいしょ ソレッ

㈢ 肝腎かんじんかなめを おかされて
いつも泣き面 ベソだらけ
いったい原因 どこにある
しらべもせずに 慢性病
ついに苦しむ 子々孫々
ソレッ しっちゃかめっちゃか どっこいしょ ソレッ

㈣ 早く目覚めろ 旦那さま
早く目覚めろ 人ごころ
名医はあなたの いのちだぞ
眠りこけずに 目覚めろちゃ
いのちを汚さず 目覚めろちゃ
ソレッ しっちゃかめっちゃか どっこいしょ ソレッ

㈤ 目覚めりゃこの世は 天国だ
目の前パッと 光りさす
釈迦もびっくり わけもなし
ちりも積もった 塵毒ちりどく
やめた途端とたんに 極楽だー
ソレッ しっちゃかめっちゃか どっこいしょ

 

 

 酒飲みの血統に向けた神の矢

 

 世間では、血統のことが話題となることがよくある。「あそこの家は○○の血統だよッ」「あれは、△△の血統だよッ」と、さしずめ、我が家の評定は、酒飲みの血統だというレッテルを貼られていたに相違ない。
 普通、どこの家でも、酒飲みのいない家は珍しいから、一般的飲酒では、酒飲みの血統だとは、言いはしないだろう。それが、酒豪で、酒癖がよくなく、酒の上での争いが絶えないような家庭を指しての言葉なのである。
 酒飲みの血統と、評判高い自分たちは、好きでこの家に生まれついたわけではない。生まれつくということは、生涯で最も尊厳な〝縁〟ということである。生涯においての、一連の縁は、人生そのものであるし、縁によって、運命というものが、すべて支配されていくとも言えるだろう。
 この世に出生する縁が、最も尊厳であるなら、次に尊厳であるのは、〝結婚の縁〟であろう。
 だが、よく考えてみる時、この結ばれた生涯の伴侶の縁は、生き続けていく人生に、偉大な因縁の調和力を秘めていることに気づく。
 これまで、父母の半生において述べたように、〝酒乱対慈愛心〟の夫婦像のことであった。そして、これから述懐しようとする、傍若無人の人生は、私自身の〝酒乱人生対妻の不惜身命〟の魂が組み合わされたものである。そして妻の真心によって、幸いにして断酒ができて、人生を再出発することもできたのだった。この顛末を読み進めていく中で、必ずや、〝縁〟の凄さを、垣間見ることができるものと思う。
 生命いのちの存続する限り、子へ孫へと引継ぐ中で、必ずや、幸せの道へと引揚げてくれることに気づくであろう。
 いかなる狼藉ろうぜきを働く世間のハミダシ者でも、生命いのちある限り、ピッカピッカの魂(真性魂=生命)を持っているものだ。魂自身は、表面を曇らすことはできても、破壊することはできない。生命は、我々の心を育み、常に、自然律の調和の心に、引戻してくれる〝良心の里〟であると思う。
 いくら酒乱の極におる者でも、生命の授けた〝縁〟によって、必ずや、幸せ、安定へと引揚げてくれるものなのである。
 だが、そうは言っても、その縁は、正さんために、すさまじい苦しみを与えてくれるようなのである。〝苦〟は、やはり、正さんための実弾のようなものだ。時によっては、死の実弾も、当然に射ち込んでくる。
 妻との結婚が決まってからも、やはり、「あの酒飲みの血縁ではッ……」という反対者もあって、結構強い風当たりであったということだ。努力家で……という心の中では、「あな恐ろしき酒乱の息子かッ」と、懸念されたことも至極当然であった。
 今思えば、酒の時限爆弾を抱えながら、一心に、酒もタバコも飲まない自分を作りあげてきたのであった。
 私たちは、中学までの同期生であり、お互いに戦中派だ。妻は、好きな洋裁の道に進み、文化服装学院へ入り、私は、県立商業高校へと進んだ。だが、中学までは、学級も別で、ずいぶんと薄い面識でしかなかった。
 ところが、ある年の同級会でのこと。その場が縁の着火となったのだった。一瞬の見合いに過ぎないことだったが、本当にその一瞬一秒が、二人の運命を決定することになっていた。
 〝縁〟というのは、人智の届かぬ、生命いのちの世界からのメッセージのようなものだ。とても、生命の世界に逆らうことなどできない。一秒も休まず、自分を見ている生命の世界は、なんと神秘で、尊厳で、おそれ多いばかりだ。斜め七メートルくらい向かいにいた妻、「ウッ……」と、一瞬の緊張。単にそれだけのことだった。
 妻とは、その後、結婚するまで、一筋に付き合うこと、八年くらい、そして、その間、農協に就職した。

 

 

酒害因子の開花

 

 さて、二十三歳まで、酒とは縁遠い年月であったし、また、他人の酒飲み姿を見ては、「決して父のようにはならんぞッ」と、心の中で酒をはねつけてきた。
 思えば、この回避しようとする、反抗というか、義憤というか、そうした心が、むしろあだとなったのか、抑圧されていたものが、いつしか爆発のエネルギーとなって鬱積うっせきしていたようだ。
 内向的で、自己表現が不器用な私は、内圧を高めてゆかねばならない。高められた内圧は、一種の性格となって定着し、抑圧安定という〝爆弾性格〟に変容していく。こうした私にも、ついに酒の洗礼がやってきた。
 農協という職場は、連日のように酒宴が待ち構えている。傍系団体が多いことから、会議が頻繁に開かれる。そのたびごとに、酒がくっついてくる。口悪く言えば、酒の温床のようなところなのである。これも、先人たちから継承された、善意の因習にほかならない。
 さて、この職場に就職した私は、なにはさておいても、この酒の洗礼を受けねばならなかった。考えれば、今日あるがための〝生命絡いのちがらみ〟の〝縁〟の差し向けであったように思う。心の奥にあるものを、飲ませて吐き出させ、飲ませては吐き出させる、神のわざであったのか。
「一杯どうぞッ……。いい若い者が、酒も飲めねいェとはッ、一丁前いっちょうめねいーぞッ」
と言われる。人付き合いの信念が甘いから、断わり切れない。
「おうー、やるッやるッ……。その調子ッ、その調子ッ……」
はやされる。わけもなく雰囲気に呑まれて、酒の受付開始だった。酒屋からは、今日もまた、なんダースかの酒が届けられた。そして、明日も翌々日もと、続いてゆく。酒豪揃いの先輩たちの中で、こっちの酒量は急ピッチで上昇し、番付もどんどん上がっていく。ついには、職場きっての大酒飲みとなるには、なんらの努力もいらなかった。酒の味覚を確立していく中で、さらに、二次会の味を覚え、料理屋に出かければ、当然ながらに女が待っている。もっともらしく囃されれば、その気にもなる。変に押し上げてくる性的欲求も擡頭たいとうしてくるから、それらしい女の口車くちぐるまに、若気の蒸気は頭の天井をブチ破っていく。二次会どころか、二次災害、三次災害へと、場面は急速に展開してしまう。
 恐るべき速度で、酒の洗礼を受けた私は、ついに異性にも走って、悪魔の誘いは、上下から毒づいて離れてくれない。
 ここから先、少々話を脱線させていただきたい。
 人間は、進化の中で、生殖本能を享楽本能まで悪性転化してしまった。人間以外の動物は、むやみやたらに、乱発するということは、見たことも聞いたこともない(鶏だけは例外)。まさか、人間が鶏以下というわけにもゆかないが……。
 自然界は、自然律の中で、秩序よく守られた性行為に慎み深く生きている。人間は、誰が発明したのか、性を享楽へと悪性転化して、しかも正当論をぶちまけるから、始末におえない。淫乱の間に間に、乱れに乱れ、自由思想を楯にとり、犯罪・非行・家庭不和の坩堝るつぼになった。
 正しい男と女が本当に結ばれ、夫婦の慈しみを守ることこそ、人間本来の万物の霊長たる由縁ではないかと、自分の失敗を棚に上げて、ひとり義憤ぎふんやるかたない現在である。
 大酒の合併症としての女性問題は、「飲んだら乗るな……」の標語じゃないけれど、酒飲みは馬鹿なもので、乗りたくなるから処置なしだ。車なら、免許取消しされて、乗れなくなるが、男と女の乗る乗らないは、取締官も門外漢だからやりたい放題と相成る。
 ここで一席、

『なんじゃい節』(即興『ニワトリ節』)

㈠ ニワトリさんが 腰ぬかす
おれより上手が いるもんだ
色即是空 空即だー
そりゃなんじゃいな なんじゃいな

㈡ 二本足なら 同じでも
人間様も 二本足
足からみれば おんなじじゃー
そりゃなんじゃいな なんじゃいな

㈢ 男と女の やることも
ニワトリさんと おんなじじゃ
悪性転化の 性欲は
そりゃなんじゃいな なんじゃいな

㈣ 女の多いニワトリさん
男と女が かわりない
人間様の やることは
そりゃなんじゃいな なんじゃいな

㈤ 産めよ増やせよ ニワトリさん
卵を産んで 人助け
人間様の やることは
いのち殺して ナンマイダー
そりゃなんじゃいな なんじゃいな
 
 この頃から、結婚するまでの二、三年の中で、酒と女を一気に成就することになった。
 日頃の品行方正はどこへやら、父の酒乱には、死んでもなるものか。「俺はならんぞッ」と、歯ぎしりした自分は、どこへやら。ある日、一人の理事から言われた。
「あの酒飲みのオヤジの息子かッ。ハキダメに鶴だッ。アッハッハー」
と笑われた、あの屈辱はどこへやら、今まさに、そのとおりの足跡を、歩いていくのであった。ついに、酒乱の因縁が吹き出しやがって、ぐんぐん成長していくではないか。
 心身共に乗っ取られた自分は、半ば、一杯呑んだら操縦不能となっていた。次第に、酒の上での失敗もやってしまう。そのため、日中の仕事は、いよいよ熱を入れて、酒癖の悪い分を挽回ばんかいしようと、一心に頑張っていく日々であった。
 酒飲めば女、女を求めては酒を飲み、ある時は、行きつけの料理屋に、同僚とバイクを駆って突っ走る。帰りは、グテングテンの酩酊の中、外に出りゃッ、そよ吹く風がなんとも言えぬ心地よさ、
「じゃー、またねーッ」
とばかり、道路狭しと相乗り音頭となっての帰途。だが、警察署の十字路を曲がり切ろうとしたその時、勢いあまって、遠心力で吹き飛ばされてしまった。同僚の運転であったが、おかしなもので、酔っぱらいは、半意識というより無意識に近い薄ボンヤリである。意識が薄れる時には、体の緊張感が失われているから、赤子のようで、ゴムマリみたいに解放された状態となっている。だから、不思議と大した怪我はしなかった。
 だが、こともあろうに、警察本署に飛び込んでしまったから、〝飛んで火に入る夏の虫〟と、相成る。

 

 

 酒乱人生の開幕

 

 悪魔の生命いのち(心)というものは、人々を次々と転落させていく。小学校三年生の頃から、興味を持った写真は、その後、セミプロ・クラスになっていた。学校でも、部落においても、なにかと重宝がられていた。小さい頃から憧れていた、海外取材の写真家の夢は、ずいぶんと続いてはいたが、この技量は、ついに、悪性に転じてゆくことになる。
 料理屋で手にした二、三枚の猥褻わいせつ写真を見て、「これはモノになるぞッ……」と直感した。当時は、裏から裏へ、暴力団にとってもよい資金源となっており、この写真の犯罪が、時々、新聞をにぎわしていた。だが、その時一瞬の機縁が、その魔力を次々と発揮していく。
「よしッ……これだッ、金になるぞッ……」
と思ったものだった。酒飲みは、どうしても金がかかる。それに女となると、余計に金が欲しい。これは金蔓かねづるになるぞと思い「一丁やってみるかッ」と、不届きにも、罪の意識は地の底へ追いやってしまった。「善は急げ」という言葉はあっても「悪は急げ」とはないのに、「それーッ」とばかり、実行した。
 商品としてのこの手の写真は、いくらでもできる。とうとう、営業を開始してしまった。
 とかく、表面と内面の心は異なっているものだ。「ノウ」は「イエス」であり、「イエス」は「ノウ」であるというようなことは人間心理のイロハであろうか。猥褻わいせつ写真と聞けば、目の色を変えて飛びつく善男善女たちだ。
「ちょッと……ちょッと……」と、声をかけ、「これはどうだッ……んッ」と、促すようにして見せてやる。反応は早い。「ウン、ウン、オウー、オウー」、第一声は、たいてい、こんなところである。
 後は、お決まりのコース。
「オウー、頼むよッ頼むよッなんぼだッ」と、最後には、代金まで聞いてくる。「いや、いや、いいよ、いいよ」と、こっちは、悠然と、この道のベテランをきどりながらの低落ぶりだった。自分には、もってこいの、やり甲斐あるサイド・ビジネスとなった。かくかく、エスカレートしている悪の温床だが、母は、からきし知らなかった。
 ついに、この写真狂いが命とりのガンとなって、音もなく生命いのちを縮めてゆく。
 この業務? は、派手に組織立ってきて、関東方面にまでも拡大されるようになった。そして、こっちは、〝メーカー即直売〟といったところ、また、一、二杯の冷酒をグイ飲みし、タクシーを突走らせて街へ繰り出すほどの闇商人ぶりであった。その乱行の日々は天国で、悪のスリルに陶酔した結果が、ついに酒乱の発病と相成ってしまった。
 バーのママが待っていて、
「ハイッ、おみやげ」と言っては、ポケットから例の写真を無造作に手渡してやる。
「あらーッ……」
 当時、これを五、六枚も持っていけば、一晩中飲めるほどだったから、おおよそ想像できることだろう。こうして、酒と女に囲まれた酒乱の旅は、だんだんと立ち上がれぬほどの深みへと陥ちていくのである。
 ある日曜日のこと。知人から利き酒会の券をもらって、隣り町まで出向いて行った。商工会議所の二階が会場である。出席の面々は、とても慎重な顔をしていたが、こっちは、利き酒よりも、多くの銘柄の酒をタダで飲めるということで乞食酒もいいところだった。表向きは、新酒の品定めだから、会場狭しと目まぐるしく回っていくが、一カ所だけで飲んでいたんでは、恰好がつかない。
 昼下がりの日本酒、それも冷酒とくるからのどを通すももったいないほどだった。その頃の酒は、酔いのためのものばかりではなく、そのしびれくる玉露のような甘味が、舌先を転げ回るのであった。味のほうも無上の天下一品揃い。あれこれ、良し悪しなど、もったいなくて言えたものではない。どの酒を飲んでも、喉が鳴り響くような爽快感があった。
 下戸げこが聞いたら「馬鹿かッ、お前はッ」と言いたいほどの時を過ごしたのである。
 この頃は、もう酒が相当に強くなっていたから、少々のことでは足許はふらつかない。
「もうー、これでよい……」と、独り言を言いながら会場を出た。外の風はなんともいえない。体中が熱燗あつかんになっているから、微風そよかぜは、心の解放感に余計に拍車をかけてくれる。
 よい気分のまま、そのまま、まっすぐに家へ帰ればよいのを、「最終列車で帰れば上等だァー」とつぶやく。陽が西日となって、ようやく薄暗く、町の灯も一つ二つと点灯し始めてきた。「このあたりに、もう一ぺいくらい、飲ませるところはねえものか」と、歩き出す。次第に酔いも回ってきて、ふらつき加減。冷酒が親の意見となって、グングン、グルグル、天まで回り出す。
 そして、ある一軒に入っていく。そこで、なにをどうして、どうなったのかは、全くわからなくなっていた。
 酔いが醒め、目を醒ましてみたら、なんと檻の中!!これじゃ〝虎様〟だ。
「あッいけねいィ、警察かッ!!」。もう後悔しても遅い。それだけならば、帰って、妻に、いくらでも言いわけができる。また、警察の旦那にも、「いやー、どうもすみません、ご面倒かけました」と謝ればいいのだが、
「お前ッ、どうして警察にめられたか、知っておるかッ……」
と、尋ねられた。だが、頭の中は空白で、体の中は、熱病あがりのようにドンヨリ無力感が淀んでいる。
「いやーわからないです」
すると、
「じゃッ、おしえてやろうかッ……。その前に……」
と、言ってから、机の上に私のカバンをどっかと置いて、
「これは、お前のカバンだッ。中を確認しなさい」
ときた。そんなことは雑作もないことである。「早く始末つけて、ここを出ないと……、農協へは遅刻にもならんぞッ……」とばかり、カバンの中味を、ひとつ、また、ひとつと、摘み出しては係官の前に揃えていく。
「ンッ……やられたーッ」
 いっペんに酔いが天井を突き抜けて吹っ飛び、冷や汗三斗、体は金縛りに会ったように、時間は止まり、言葉もどまづきながら、「あのー……写真とネガが……」
と、すっかり忘れてしまっていた商売道具のことだが、こんなところで店開きをするとは、神ならでは身の知る由もない。
 顔を見れば、これみよがしと、満面余裕しゃくしゃく、手柄顔の取調官であった。
「オイッ……これは何だッ。これはッ……」
と、急に、威嚇的に変わった。もうその頃は、ある思いが横切っていた。農協はだめだし、新聞・ラジオは、もちろんすっぱ抜くだろうと。
「おー、やってしまったぞ」と、覚悟のようなものが全身を流れた。
 取調べが進行する中で、刑事室は慌ただしさを増してきた。事件と見たのだ。容疑は、猥褻わいせつ物頒布等及び暴力行為の罪であった。
 自宅には、早速、家宅捜査が行なわれた。東京方面には聞込捜査、そして、農協役員・職員さらに購入者も手が回った。まだ、取調室にいた自分だが、一気に、天は破れ、地が砕け落ちてしまった感じである。
 おかしなもので、酒というものは、精神面と密着しているためであろう、このショックで、酔いは吹っ飛んでしまった。時は、昭和三十五年秋のことである。
 妻と挙式したのが、前年の四月十二日。そして男の子が誕生して数カ月のことだった。利き酒会の酒が効きすぎた、では洒落にもならない。公園の前にある商店で、ちょうど、居合わせた裁判所のかたに暴行を加えた、というのが発端だった。
 ここで、自己の悔悟かいごの目覚めがあるなら、満点だが、酒乱人生に火がいたばかり。良心が命賭けで呼び止めるのを尻目に、真暗闇へと走り出してしまった。
 生まれて間もない赤子は、声を張り上げて泣き叫ぶ。心配のあまり母乳が止まり、ミルクを哺乳ビンで飲ませるが、舌で激しく押し返して泣き叫ぶ。思案の末、脱脂綿に砂糖水を浸して、飲ませなくてはならなかったという。
 前後左右、身動きできない新婚生活の中で、妻は、愛と恨めしさの戸惑いの真只中で、まさしく真昼の暗黒を歩き出すことになった。

 

 

母子心中を超越した〝妻の一念〟

 

 かつて、品行方正と言われた自分はどこへやら、
「酒飲みの血統だからやめろッ。やめなさいッ。もっと、しっかりした家から決めるもんだッ。そんな家からは、やめろッ」
と、妻は何人もから言われた、とのことである。そしてさらに、私の母も、
「相性が合わねさげ、やめなさい」
という話も、していたという。
 現実は、影の見えない世界を、如実に描写してくる。
 因縁を解消することなく、この世を去った父の影には、その魔力が濃い影を引いていた。人間の悪習慣が、強烈な性格となって暗躍し出すのだ。しからば、悪習慣を消滅しなくてはならない。子孫の誰かが、きっと、必ず消滅しなくてはならなくなるだろう。そうでなくては、その因縁の根は、繁殖の限りを尽すことになるのではないか。
「悪は善を喰って生きる」と思うようになって久しい自分は、当時、精神性の屁理屈ほど嫌なものはなく、悪性因子への罪悪感は、からきし持っていなかった。
 喜びの酒しか知らないで生きてきた、妻一家は、天から血の雨でも降ってきたという思いではなかったか。
 暗室の写真道具一式は証拠品として押収され、そして、一人一人裏付け尋問を受けた。あれよあれよの中で、新聞・ラジオで一斉報道され、あわただしい年の瀬に向かって、急転直下、一家は地獄絵巻となった。
 外は日を追って冬のきざしが強く、白銀世界はもうじきだ。冬になれば、窓を開放することも数えるくらいとなる。酒乱のきばは、平安な生活を正確に破壊してゆく。そして、酒乱の歩いた後は、砂漠の荒廃だった。この殺伐とした砂漠を、二十八年間も歩き続ける旅の幕開けである。
 このことを境にして、私は農協の職場を去ったのだったが、それまでの間にも、小刻みにして、空恐ろしい、内輪うちわの騒ぎを起こし続けていた。出刃包丁を振り回したりなど、度重なる乱行は、この時点で、すでに父の酒乱を二回り、三回りもしのいでいたのだった。
「酒さえ飲まねば……酒さえ飲まねば…‥」と当時、職場からも、周囲の人からも、同情とも、あるいは、ある種の期待感さえ持たれていたことも事実だった。そうした、厚意あふれる周囲の温情のお蔭で、赦免されてきた。
 だが、このあたりで妻は、一度か二度、母子心中のことを考えていたようである。闇の中、鉄道線路を足探りで歩いたこともあった。望みない人生であるなら、いっそ一思いに死んでしまおう……と、思い詰めた日々が過ぎてゆく。
 だが、こうした一区切りの悪行においても、心の底から詫びることのない神経がくやしい。どうしたというのか。生命いのちの底から絞るような、罪悪感が湧いてこないのはなぜだッ。深く魂を傷つけた根源は、父の代からか、その先の代なのかと思う時、一日一日の心の大切さが、激しく押し上げられてくる。
 酒の上でのこと……と、世間はとても寛大であるのは、大多数の人々が、なにかしらのアルコール分を愛飲しているからだろう。明日は我が身、といえる人たちも決して少なくはない。心の軟弱さをつけ狙われた人たちは、いつしか酒に飲まれ、酒に振り回されて、〝心〟不在の暴挙と化していく。罪の意識が薄れ、思慮分別の消えてしまったアルコール性精神病へと変質していく。あたかも、尾翼のない飛行機と同じで、後は、墜落を待つだけの人間となるから悲劇だ。全身麻酔であるから、爪跡を見ては、
「これは俺のやったことかッ、まさかッ……おらあーちっともわからねいェー」
と、他人ごとのように心が化けてしまう。罪悪感には決して通じない、霊界次元の話となるのだから恐ろしい。
 その後、妻は、
「この人が立ち直ってくれるまで、決して死んでなるものか」
と、母子心中の思いをひるがえして、夫を更生させることへの一念に、賭けるようになっていた。
 世間から見れば、こうしたことは生地獄だ。この生地獄の中から、神の心を見出した妻だった。
 因果の波動は、音もなく、生命いのちの糸を手繰たぐり寄せる。妻は、縁の厳しさを知りながら、自分の人生に希望を失いながらも、夫の痛ましい姿に己を忘れ、無私の真心で守護を貫いてくれた。

 

 

天の啓示に生きる妻

 

 断酒数年前のこと、妻は、ある声なき声を聞くことがあったという。
 酒乱の断末魔が、響きをあげて近づく頃のこと。酒乱のやり口には身ぶるいするほどの恐怖を感じながらも、その中にあって、夫の狼藉ろうぜきにもいつしか感謝の気持を持てるようになっていた。
「お父さんのお蔭で、沈黙世界から、その心をいただけるようになりました。お父さん、本当にありがとうございます。」
と、どれほどに恐ろしい難儀だったことか。言うが早いか、顔をしばたたせながら、泣き出してしまっていた。
 ある日のこと、刃物を振り上げている夫のため、家へ入ることもできず、たった一人の妹に助けを求めて駆け出して行ったが、巻き添えが恐ろしくて、家に寄せて休めさせてくれなかったようだ。あまりの酒乱の恐ろしさのため、そこの小屋にさえも、休ませてもらえなかった妻の憐れさ。
 寒気が身をつんざく酷寒の夜。天を仰いで、無心の生命いのちの中から、
「どんな苦しい思いも、どんな辛い思いも、感謝にかえたまえ」
と、心の奥深く刻んだ妻への伝言。
 それを区切りに、妻は一心に、夫のいかなる乱行にも、ただ一念に頭を下げ、どんな苦しい思いも、どんな辛い思いも、すべて感謝に変えていくことに徹した日々を過ごすようになった。
 この感謝に徹する日々こそ、神に生命を捧げ尽し切って得た、心開きの難行苦行であった。
 ついに、妻の生命には、自然界の生命の愛が全開することになる。
 ある日のこと、妻はこんなことを話すのであった。
「お父さんが悪いのではありません。米の生命がわかるまでの教えなのです。すべての食べ物、人参一本、大根一本、魚、なんでも、みな尊い人間を生かし続ける生命の元です。
 人間以前のこの生命たちの、尊く、汚れない食物たちから、生命の声が聞こえます。食物たちの生命は、それぞれ違う者たち同士ですが、人間のように争うことはいたしません。
 口から入った、いろいろな食物の生命は、一糸乱れず、人の生命いのちを守り続けます。
 そうして、一本道の人の体を通り、ふたたび、自然界へと戻っていく生命たち。
 その代表である米の生命は、酒となり、神々にも捧げられます。透明で、汚れない姿となって神に供えられるのです。
 その、米の生命を見て、悟って、お父さんの心も、米のように、汚れない心となるまでのお役目でした。
 私は、このことを教えていただき、お父さんに、本当に感謝しなければいけないのです。ありがとうございました。」
 私は、この奇想天外な話に面喰らうばかりで、感謝しないといけないのは、こっちのほうなのに、尋常ならざる超越世界を垣間見た思いだった。
 息詰まるような酒乱の歳月の中で、妻のその辛い苦しい地獄から救う神のわざであったと考えている。どんな過酷な試練をも、感謝、喜びに変えて生きていく、恐るべき神の智恵が授かったとしか言いようがない。
 米の生命がわかるまで、そして、その米の生命が生きるまでの酒乱劇。これは、永々百年に及ぶ、母と妻の二代にわたる女神のような守りであった。

 

 

 妻子を残して土方三昧

 

 あの事件の蔭にあって、妻は、何度か母子心中を思い、また、離婚をも考えた。生まれて数カ月の一人息子を両手で抱きかかえながら、
「この子を父なし子にはできない。決して、この子を父なし子にはできない」
と、妻は心中することもできず、両親からの「離婚しなさい」という言葉も、受け入れることができなかった。この子が、ガッチリと強大なかすがいとなっていた。
「これからは、どんな辛い毎日であろうとも、きっと、夫を立ち直らせてみせる。この私の手で……」
と、新たな決意をしたのだった。そして、妻は母に対し、
「お母さんは、夫を自分の息子と思ってください。私は、他家から嫁に来た者と思って生きます。どうか、夫を腹を痛めた我が子と思ってください」
と、泣き伏して説得を続けたのだった。
 私はそんなことがあったとも知らないままに、職場を去り、雪深い山奥のダム工事現場で、ただただ飯場暮らしに明け暮れていた。
 朝から夜まで、さらに、夜間を通してのセメント背負いと、コンクリート削り、そして、寒中での水中作業も多かった。生まれて初めての重労働に、顔や体全身をむくませながらの共同生活は、男たちの世界で、楽しみはといえば、酒と花札バクチぐらいであった。今までの職場とは、天地がひっくり返ったほどの生き様だったが、もう逃げ出すこともできない。いずれ凍死して、熊にでも喰われるのがオチではないかとさえ思った。
 食事も、無理してでも、たらふく喰わなければ、すぐにへタばってしまうから、食事の時は目玉をギラギラさせて喰いまくった。でっかい丼飯を山盛りにして、鱈などのドンガラ汁を片手に、大根漬をワッシと手摑みしての食事だった。そして、黙々働き続ける日々の中、
「エイッ、クソッ」
と、誰に言うともなく溢れ出るり場のない言葉。なんと不甲斐ない自分。勤め人から一気に突き落とされての、冬の山中だった。
 だが、日が経つにつれ、体のむくみも消えていき、どうやら一人前に仕事もできるようになった。酒は二合瓶一本ずつの配給だったから、どうやらふんわり効いてくるくらいの量であり、この現場を引揚げるまでは、なんとか問題もなく過ぎた。やはり三年の執行猶予の身の上であるから、一丁間違えば終りだ。自粛をして、小康を保ちながらも、この現場を引揚げる日がやってきた。次の現場は、千葉方面の海中作業である。なぜか、土方作業が難なくこなせるようになっていた。父も抜群の器用さだったから、手さばきは親譲りであったのだろう。同じ親譲りでも、酒だけはご免こうむりたかったのに、これも、もろに引受けてしまったからたまらない。
 この現場は、街にすぐ近いから、酒は飲みたいだけ手に入る。仕事は、海中でのプラント工事で、杭打ち作業が多かった。毎日、胴付きのトヨ合羽を着けて、海中での強圧ポンプ作業で、足を取られたら命を失うことにもなる。ダム現場と異なる危険な作業の中で、体はガタガタになりながらも、やらねばならなかった。
 ある時、酒の上での言い争いとなってしまった。その飲み屋が暴力団の店とも知らずに、なけなしの金を持って大股で入ってゆく。今度の作業は金取りがよいから、それらしい姿恰好に「どうぞ、どうぞ」の歓待だった。出がけにグッとひっかけた五合の酒が、ちょうどその頃、効き出してきている。
 飲み出してから、どれくらい過ぎたろうか。ウィスキーは最初の一杯だけ、後はビールになっている。
 酒、ウィスキー、ビールとくれば、最も悪い飲み方と、これまでの経験から、いやというほど知っているつもりだったが、「おおー、帰るぞッ。なんぼだァ」
と、会計をせきたてた。ホステスが、
「あらッ、○千円になってるわー」
と、確か六千円くらいだったと思う。三十年も前の昔のことだ。
「なにッ、○千円だとーッ。うぬー、馬鹿にしやがってッ……」
と、うなりを発する。ポケットに手を入れ、つまみ出した金は、五〇〇円そこそこよりなかった。そこで、ますますカッカッとくる。注文をしないビールびんがゴロゴロ空になって、頼みもしていないオードブルも食い散らして、残飯みたいになってテーブルに散らばっている。店の中は、薄暗いから誰がいるかもよくわからない中で、
「おーいッ、マスターを出せッ、マスターをッ……」
と、少々興奮して、そこに出た支配人と、ひとつ、ふたつとり取りしているうちに、今にも喰ってかからんばかりの威勢となってきたのだった。用心棒も駆け出してきた。もう頭の中はゴチャゴチャで、前後の見境いもなくなっていたが、内心、
「こりゃいかんぞッ。一人二人の喧嘩ですまなくなるぞッ」
と、不思議なもので、泥酔の状態でよくも知恵がめぐったものである。ここでやれば百年目、高い塀の内側での生き様となる。ここは、なんとかしなければならないと、「おおー、オレは今五〇〇円そこそこの金しかねいが、これからいっしょに来てくれッ」
と、飯場に帰って支払いをつけるからとは言ったものの、もうこの時間になっては、飯場どころの話ではない。……とふたたび、ひらめいたことがあった。「お巡りさんから金を借りよう……」と思ったのである。そして、男の者たちを警察へと案内した。
「あのー、まことにすまないが、○千円を貸してくれませんか」
と、こうこう、これこれのところに働く者で、これだけを飲んで、支払いのことでもめたが、思い直して頼みに来たのだと、正直に申し述べたら、辻褄つじつまが合っていると思ったのか、
「よしッ、払ってやろうー」
と、その場は、お蔭様で、その良いお巡りさんのご厚意で一件落着の綱渡りとなった。当然、後日返済にあがった。今思えば、もしその時に、暴行でもやっていたら、今の自分はなかったことと思うと、ゾッとすることがある。
 こうした出来事には、話の種に欠くことはないくらいあって、時は流れていった。
 この当時はまだ、朝から酒がなくては生きられない、というようなアル中ではなく、そして、仕事も相変わらず熱の入れようである。
 しかし、酒の乱れは、人生にマイナスを次々と積んでいくことになる。その積み重ねのツケが、一気にやってくるとも知らずに、「好きな酒をどうしてやめなきゃならんのかッ」「飲んでなぜ悪いかッ」と、頭の中は、理屈にもならない、あがきになっていた。そこには、恐ろしい〝地獄安定思考〟が定着していることも知らずに、悪い習慣、悪い因子を積み重ねていく。そして、心のガンは、着々と進行していた。

 

 

真っ赤に走る一台のトラック

 

 その埋立現場は、九州の親方の持分であったが、飯場はんばでの乱ちき騒ぎはなく、しばらくぶりで自宅に戻った。妻は、旅先でどのような生活があったかを知ることもなく、このたびの土方では、まあまあ心配をかけずに通した形だった。
 帰ってからは、高校時代にアルバイトで働いたことのある商社を思い出し、就職を頼んでみることにした。そして、勤めたのが、その商社の営業だった。慣れないこととはいえ、肉体労働と異なり、とてもやり易い仕事であった。
 お得意先に、連日人が変わったようにして訪問を重ねた。そのため、私の業績はグングンうなぎ上りになり、毎日トラック一台もの売り上げがあったことから、上司からも、新調の上下の背広をいただいたこともあった。
 どうやら営業の仕事も板についてきて、心にいくばくかの余裕ができると同時に、酒乱の道の、誘惑の鐘が鳴り出していた。
 営業は、お客との絡み合いだから、バーや、キャバレー、さらに、料理屋での接待が日毎に増えてくる。実績を上げれば、それなりに融通もきくし、ほどよく交際予算をまわしてもらうし、方便もあれこれ多く使うようになった。そして、好きな酒との絡みであるから、ついつい相手の機嫌ばかりをとってはおれない。そして紳士の仮面を脱いで、客三杯に手前八杯となってしまう。
 この大酒飲みの評判は、短期間で定着し、会社持ち接待酒はエスカレートして、経理からもマークされ出してきた。こうして、またまた、大仕掛けの酒のワナにひっかかっていく。
 悪性の因縁に押し流され、人格を奪い取られ、そして、酒に狂っていく〝心の老いた青年〟だった。そして、とうとう得意先から集金した小切手に血走った魔の眼が、キラリッと光った。
 多くの金銭犯罪は、公人、私人の別なく横行するが、そんな悪度胸があるでもなく、一枚の小切手を手に、ふるえながらも酒の誘惑に負けてしまった。要領もない、ストレートの使い込み。良心の呵責かしゃくも、酒毒のために応えないというお粗末さ。
 その夜のこと、酒勢余って泥酔のまま、こっそり車を表へと引き出していた。二トントラックで突走る雪の中!!
 正月も近い歳の暮れ。無免許で走る狂気の発想であった。天は、夜中に疾走する一台のトラックを見て、真っ赤に酔っぱらった一人の気違いに、ドカーンと一発、待ったをかけてきた。
 大雪の午前二時頃であった。往来のない国道を、悪鬼の使者となり、雪煙りを上げて、田圃たんぼの中ヘスウーッと夢心地のまま落ちてしまった。大雪がクッション代わりとなって、あたかもレールの上の電車のように滑っていく。
「ありゃーッ、いけねぃー」
と、車庫に入った時のように、車を降りる。さて、どうしたらよいか、と、思案にもならない頭で、なぜか足だけが家に向いて進んでいく。歩くと三時間はかかる冷蔵庫のような深夜の雪道で、酔いはすっかり醒めてきた。正気を取り戻してくると、自分がしでかした事の重大さがわかってくる。「もういかん……」。帰る先が自宅ではなくなった。すっかり酔いが醒めた頃、私は駅に辿りついていたのだった。
「こりゃー、明日はまたニュースものだなぁ……」
と、今度は二度と家へ帰らぬ覚悟とも似た、泡のような心を、きしませた。
 人間は、悪い習慣を自ら作り上げ、そして、その悪い心に打ちのめされていく。さらに、その腐った臭いを自ら避けるようにして、くだらないプライドが邪魔をする。そこでは、光のかけらも消え失せて、正しさの基準もなくなって逃げまどい、そして蓋をしようとする。自分本位のことしか頭にはないから、責任も人格もなくなってしまっていた。
 まことに、哀れなるかな、無明の人生である。妻は、かつて母子心中未遂の時、夫の立ち直り一念に生きよう―と決心してから、まだそんなに経ってはいなかった。夫が飲んでおるのか、泊ってくるのかもしらないで、心配しながら疲れて寝てしまっていた頃だった。もう何の気力もないほどに飲み疲れた私は、どこへ行くともなく、朝一番の列車に、消えるようにして乗っていた。
 どこまでも、どこまでも、何時間も、何時間も、トコトコ走る鈍行列車(各駅停車の汽車)の中で、

ガラスに映るは どこぞの者か
じいっとみつめる
何の因果で 世に出てきたか
泣くに泣かれぬ 身のさだめ
父を怨むか 誰うらむ
遠く吠えるか 汽笛きてき
めぐる因果の 車輪のように
行くかいずこへ 酒恋い道中

 

 

 お上り乞食の一夜の浅草

 

 薄汚れて、ツヤのかけらもなくなったゴムの長靴をはいて、会社のマーク入りジャンパーを重ね、上野駅へと吸い込まれていった。東京には全くの不案内である。それでも、話で知っていた浅草観音へと、尋ね尋ねながらたどりついた。もう、その頃は、夢遊病者のようだった。
 そして、夜の都は、ネオンまたたく男の天国。地方から出てきた〝おのぼりさん〟であることは、誰にも一目でわかる。どうみても、だらしのない姿であるし、顔には、精気がほとんどなくなっていて、二日酔いの苦痛ばかりが残ってはいるし、空腹でもある、情けない姿だった。
 なにかしらの銭は残っていたが、それを数える指先は、かすかにふるえていた。
 冬の東京は、肌を刺すような冷たさで、かえって田舎よりも厳しく感じられた。
「よしッ、死ぬまで自分だッ。野垂のたれ死ぬも年貢の納め時だッ。それーッ、一丁いくかッ」
と、急に元気を取り戻し、浅草六区のあるキャバレーに入った。用心棒も、「パッとしない奴だ」とばかりに、横眼でキラリッと睨みをきかせたが、その瞬間、
「やッ……いらっしゃい。ハイッ、お一人様ーッ」
と、奥へ通されてみれば、中はほどよく暗く、一番右奥の席へと案内された。一名様だからホステスが左に座って、「いらっしゃいませ。あらッ、初めてのお客様ですねェ……」とても信頼のおけそうな女だった。そして、一、二杯と気持を安らげると、自分の無様ぶざまさの一切を打ち明けてしまった。そうしたらすぐに彼女から反応が返ってきた。
「あらッ、あなた東北の方……私も東北なのッ。わけがあって、身をかえ、ここで働いているけど……、ここにくるまでは学校の先生でしたわァー」
と、何のためらいもなく打明けてくれた。そのせいか私は、もう何年来もの上客振りに変身した気易さで、気分を盛り上げていく。そして、こっちの素性も知った彼女は、
「あらッ、それは大変ネー。私の知り合いの社長さんに連絡してあげるから、お会いしてくださいね。私の紹介なら、なんとか通ると思うわ」
と、とてもただの親切からではない。人の心の縮図をよく知っておられた女の人であった。
「願ってもないことです。ぜひよろしくッ」
とは言ってみたものの、それから、何がどうなったのか、紹介された社長のことも、ホステスとどう別れたのか、また、そこの支払いがどうなったのかもわからぬ状態で、そのキャバレーを出ていた。
 翌日、浅草六区街をふらつきながら、まず住込みで働けるところを探すことにした。新聞を買って、懸命に求人欄に目を通した。
「あッ、ここにするかッ」
と、ある会社に、目が止まった。
 これほどの生き様にあっても、なぜか、不思議と悲壮感も湧いてこない自分だが、どこかで恐ろしい地獄が口を開けて待っていたに違いない。しかし、その真暗闇の中でさえ、一点の光明を追い求める、手探りのような気持が働いていた。
「今度こそは、故郷に錦を飾ってやるさッ。見ておれッ、今に、きっと……」
と、誰に言うともなく、心の中でうめいていた。