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図・写真を除く文章のみの掲載。

富士山と
  雲と神様

 

 

 

第五話 富士太郎の旅姿

 

雪のカッパに身をつつみ

旅でござんす三度笠

姓は駿河で

名は富士太郎

「よろしゅうおみしりのほどを」

男装姿は仮り姿

一度でいいから三度笠

雲で編まれた三度笠

かぶって拝むは浅間さまよ

わが身を拝んだサクヤ姫

「アラ〜ッ カッコイイッ」

男装の麗人サクヤ姫

神をも忘れて

二礼二拍手一礼

旅でござんす三度笠

 

 

 

 

 

 

第六話 富士に咲いた髪長姫

 

 平成二十六年(二〇一四年)三月十六日、十六時四十分のことでありました。富士山から絶世の美女が雲の姿を借りて、花が咲いたようなその姿を顕わしました。

 その誕生に立ち会った田之助は反射的に、「髪長姫だ」と、叫んだのでした。雲の姿を借りたその魂は、刻々とその姿を変えつつ、拡大消散していきました。

 田之助にとって、髪長姫の出現は、ただごとではありません。古代の歴史に姿をとどめる、実在の姫なのです。

 髪長姫は、平安時代に紀ノ国の日高の里(現在の和歌山県日高郡日高川町)に生を受けた女性でありました。この里には当時、天皇の勅願によって建立された道成寺というお寺があります。

 寺の縁起にまつわる髪長姫の物語は民話にも、また和歌山県出身の作家、有吉佐和子氏の絵本にも、詳しく紹介されています。有吉氏は、髪長姫(宮子姫)と道成寺とのかかわりについて、有吉氏ご自身の深い思いを、絵本に託されたようなのです。

 髪長姫は、母の犠牲と観音様のお守りの中で、丈なす黒髪に恵まれて育ちました。その美しさは時の政治家、藤原不比等の耳にも入り、養女となったのち、第四十二代文武天皇の妃に召されることになったのです。産んだ皇子はのちに第四十五代聖武天皇となられました。

 田之助が、この道成寺を訪ねたのは、平成二十六年(二〇一四年)三月十一日のことでありました。この時初めて、髪長姫のことを知ったのです。そして富士山に髪長姫の雲の姿を見たのは、それから五日目の夕刻のこと。その日は朝から、髪長姫のことを考えておりました。姫が第四十二代文武天皇の妃になられるまでのことが脳裏から離れなかったのです。外出もとり止めていたのを、ふと背を押されるようにして家から外に出て富士山に目をやると、雲の姿にハッと息をのみました。そしてカメラを持ち出し、夢中でシャッターを切ったのです。

 

* * *

 

 田之助は、心の世界や魂と呼ばれる世界に時間や空間の制約がないことは、これまでも充分認識しておりました。

 人は死んでも魂は生きつづけ、また自分のいのちは、親、そのまた親……というルーツを超えて、宇宙の根源までいのちが連綿とつらなっていることは、認識していました。たとえ一三〇〇年前のことだとしても、いのちのつらなりの中では、一面一体即時即刻、魂の意志は時空を超えて顕在化することも、認識していました。「思えば通わす命綱」または「生きて通わす身の定め」となって、死という世界の心性エネルギー波動の顕れ方は様々な姿となって具体化するようです。魂が現実の生身の中で生きつづけていることは、この生命体の実態なのです。自分といういのちの実相は、九九・九パーセントが過去の人々が連綿とつむいできた、心の集積であります。それは〝魂のファイル〟として分類され、共通の知的財産として集積されているのです。

 ですから、心を寄せる者には「魂の窓」が開かれ、コンタクトすることができます。

 死の世界は、生きています。肉体(物質として)の元素が天地に還元されただけのことで、魂までどこかに消えてしまうものではないのです。

 魂にもピンからキリまであります。エネルギーの強いもの、弱いものがあり、強い魂ほど、自分を作動させ、魂の窓を開くことができるのです。正しく、今の自分は生死一体の姿といえましょう。

 前述したように、私たちのいのちは、九九・九パーセントが過去の心であり、亡き人々の魂の世界です。

 遺伝子は「いのちの設計図」とたとえられますが、遺伝子の母体となっているDNAは、その九〇パーセント以上が〝ジャンクDNA〟と呼ばれる、意味のない配列と言われています。これらの全く何なのか分からない不明のDNAこそが、人類を貫く記憶を集積した「魂のファイル」ではないでしょうか。私たちの関係の中で、心の共振、共鳴の場が生まれた場合、ふと「魂の窓」が開かれ、生死一体の意識が生み出されていきます。

 髪長姫は、一心に自分のことを思ってくれている田之助なら、「魂の窓」を通じて、コンタクトできるに違いないと思われたようです。この髪長姫の思いが田之助に伝わり、富士山に雲の形を借りて顕われた姫の姿を、写真におさめることができたのです。

 こうした魂の顕われというのは、田之助の分類からいえば、「文字霊」に入ります。これより、髪長姫が、なぜ富士山にその姿を顕わしたのかを、田之助流に説明いたしましょう。

 髪長姫は長いこと「魂の窓」を閉めておりましたが、ある日窓の外があまりにも賑やかなので、魂の窓を開いたところ、賑わいの中心には、懐かしい姫さまが、大勢の人たちに囲まれて話をされていました。

 その姿を見た髪長姫は驚きました。何と、その懐かしい姫さまとは、「コノハナノサクヤ姫」でありました。

 コノハナノサクヤ姫は、神々の中でも、際立つ美貌の神様として知られています。父神さまは、オオヤマヅミノ神という山の守り神です。気品に満ちたサクヤ姫は、皇孫ニニギノ尊の妃神となり、三人の皇子を産みました。そして日本一高く、世界一美しいといわれている富士山の祭神となりました。現在は、富士宮市の浅間大社の主神として祀られています。平成二十五年(二〇一三年)に富士山が世界文化遺産に決まり、世界中から大勢の人々が訪ねてくるようになりました。

 髪長姫が魂の窓を開いて外を見た時、真っ先に目に止まったのは、この大勢の人々に囲まれるコノハナノサクヤ姫でした。髪長姫が窓の外のサクヤ姫を目にした時、ぜひ会いたいと思ったのでございます。髪長姫のメールを受けとったサクヤ姫からは、次のような返事が届けられました。
「ワタシモ アイタイデス スグニコチラニ オイデクダサイ」

 髪長姫と面会したサクヤ姫は、目を見張りました。

「ウツクシイ! ワタシノウツシカガミダワ」

 髪長姫の美貌は、サクヤ姫に勝るとも決して劣ってはおらず、両者は互いの美しさに、まるで映し鏡となったような心持ちがして、感激につつまれていました。そしてサクヤ姫は、髪長姫のこの美しい姿を、現実の世界にすむ人々にも、一度でいいから見せたいものだと思い立ちました。ところが、髪長姫は魂の世界の住人。現実の世界にすむ人々は、その姿を見ることはできないのです。どうしたらよいものかと髪長姫に問うと、次のような返事がかえってきました。

「コノハナノサクヤ姫さま、雲をお借りしたいのです」

 サクヤ姫は早速、雲の大群を用意しました。それでも現実の世界にすむ人々は、その魂の姿になかなか気付くことはできません。ところが髪長姫は一人だけ、写真に撮ってくれる人を知っていました。

 サクヤ姫が雲を髪長姫に渡すと、髪長姫は別れを惜しみながら静かに右手を左右に振り、雲の中へと消えていきました。するとどうでしょう……みるみる雲は形を変えながら、天にも届かんばかりに広がって、髪長姫の尊顔を映し出し、美の極みといえる姿に顕現なされたのであります。と同時に、髪長姫は、田之助にも霊波を発しました。霊波を受けた田之助は、背を押されて、髪長姫の尊顔を撮影することができたのです。

 かたやサクヤ姫は、その見事な姿に限りない神愛のエールを送り続けたのであります。

 

 *撮影された写真は、魂不滅の貴重な証しとなりましょう。

 

 

 

 

 

 

第七話 SL富士号 宇宙探訪

 

 富士の頂上から水平にたなびく茜雲。

 ハッ……と、心臓をドキドキさせながら家にとびこみ、カメラを持ち出します。平成二十四年一月二十二日のことでした。

 それから三年後。その時に撮影した写真を見た時、私は、「SL富士号」をタイトルに冠した、一篇の語りを残したいと思いました。SL富士号を宇宙に飛ばせてみたかったのです。

 

SL富士号 出発OK

運転席にはサクヤ姫

箱根の山々 伊豆の山

伊豆七島を 引き連れて

霧ヶ峰をも 引き連れて

夜行専用 SL富士号

地球を抜ければ

光速、光速、超光速

更に速めて 超超光速

宇宙の神様 待っている

宇宙の果てまで 来てみれば

立入禁止の 札が立つ

入れば二度と 戻れない

そこは死の国 外宇宙

 

* * *

 

 サクヤ姫は驚いた。死の国があるなんて、また外宇宙のあることなど全く知る由もなく、もう一歩で死の国、外宇宙に踏み込むところでありました。サクヤ姫が「立入禁止」と書かれた札の前で、はたと戸惑っていたところ、どこからともなく鈴の音が鳴りひびき、次第に荘厳なエコーに変わり、その音が頂点に達したかと思われたその時、天の声がひびいたのであります。

「サクヤ姫とやら、よく来てくれた。そなたが富士の守り神とは知っておるぞ。わしが誰なのかわかるかな」

と語りかけられました。

 サクヤ姫には何もわかりません。父神からは、死の国、外宇宙のこと、天の声については何一つ聞いておりません。ただオロオロするばかりです。

 天の声は、外宇宙から聞こえてくるのです。そこは死の国でありますから、中に半歩でも入れば、二度と地球には戻れません。一体どうしたらいいのかと、サクヤ姫がためらっていると、再び天の声が降りてきました。

「わしが誰かわからないのは無理もない。わしは一三七億歳になるが、声に出して話すのは、これが初めてじゃ。わしは外宇宙の主。姫のいるタマ(地球)には、わしのことをそれとなく感じて、朝のあいさつをしておる人もおる。その人は、わしのことを〝二大調和ご意志さま〟とか、単に〝ご意志さま〟と呼ぶのじゃ」

 ここまで聞いたサクヤ姫は、自分が神さまと呼ばれる身分なのに、外宇宙の主さまのお話を初めてうかがうことを、大変恥ずかしく思いました。ですからサクヤ姫は、この際、大いに学んで帰りたいと思いました。

「天の声さま。私も〝ご意志さま〟と呼ばせていただきたく存じます」

そう申し上げると、天の主さまは

「それはよい。では、ここでの姫の呼び名を与えよう。サクヤ姫は地球での呼び名、ここでは〝タマ(地球)姫〟としよう。どうじゃ、タマ姫」
 サクヤ姫は宇宙での呼び名を、ご意志さまから与えられたことは、今回の旅の最高の宝になりました。

 サクヤ姫、改めタマ姫は、ご意志さまに尋ねました。
「ご意志さま、宇宙名を授かり幸せでございます。今回は急な旅で、朝が明けるまでの限られた時間ですが、宇宙生命の営みについて学びたいのです」

 タマ姫の願いを聞いたご意志さまは、たいそう喜びました。青く澄んだ地球にこれほどの美しい姫が誕生していたことを、言祝いだのでございます。

「タマ姫、よくぞ聞いてくれた。わしの思いを初めて声に出してみよう。全宇宙の発生源は、このわしにある。まず宇宙は、わしの手により二層に造ったのだ。それは、卵の中身のようなもの。外宇宙を卵の白味、内宇宙を黄身の部分と考えればよい。外宇宙は精神宇宙、内宇宙は物質宇宙にあたる。

 タマ姫よ、外宇宙は死の国で、死以外は存在しない、完全な無の世界じゃ。これを絶対無、もしくは絶対死ともいう。すなわち、ゼロ。絶対調和の根本原理なのだ。

 内宇宙は物質宇宙であり、タマ姫たちの住む世界じゃ。この内宇宙には、死の概念はない。外宇宙の絶対調和の中心力、すなわちゼロの調和波動がその要となっておる。

 星々を造り、銀河を造り、億万種の生命を造り、全世界の安定循環を維持するのが、ワシの使命なのじゃよ。内宇宙は物質であるから、その安定持続のためには、生命をつくる元素をもたなくてはならない。それも〝有限の元素〟で。生命は有限の元素でつくられ、それを無限のものとして存続させるには、〝核〟が必要じゃ。そのために〝寿命〟を採り入れたのじゃ。

 内宇宙を〝生〟しかない世界として実現させるためには、寿命が必要なのじゃ。これで内宇宙の万光の輝きは保証できる。

 そして寿命は、ミクロからマクロまで、星々の果てまでも平等にやってくる。もちろん、タマ姫のいる地球にも寿命のかぎりはある。生は生成、死は消滅という呼び方で捉えればよい。

 寿命の発明は、わしが造ったもののなかでも、最もよきもの。寿命がないのは外宇宙にいるこのわしだけじゃ。

 タマ姫、逢えてよかった。わしもこの喜びを深く心にとどめておくぞ。わしの望みはただ一つ。〝厳しく、優しく、守れよ地球を〟さあ、夜明けまでに元気で帰れよ」

 ご意志さまのお話はここで終わりました。サクヤ姫は感激のあまり、SLに乗り込むことすら忘れそうでしたが、お話が終わったことに気づき、また夜明け前の地球へとスピードを上げ、帰っていったのであります。

 

 

 

 

 

 

第八話 真昼の夢 雲のエビフライ

 

 大寒だというのに、ポカポカ陽気となったある日のこと、フジ子はついうとうとと、うたた寝をしておりました。

 どれほど過ぎたであろうか、窓の外から揚げ物の音が聞こえてきました。


 プチュ、プチュ、ピチュ、ピチュという軽い音と共に、香ばしいフライの香りが漂ってきたのです。フジ子の大好きなエビフライのようです。

 フジ子が窓を開けて外を見ると、澄んだ青空に二本の丸味をおびた雲が浮かんでいました。よく見ると、その雲は何かの形をしているようです。ユラユラと微かに動く姿は、油で何かを揚げている時のような姿です。そうこうしているうちに、何かを揚げている時の音はいよいよ激しくなり、二本の雲は次第に仲良く並び始めました。

 フジ子がさらに目をこらすと、その二本の雲は、エビにパン粉の衣を着たエビフライのように見えます。フジ子は驚き、「えーっ……あれはなに?」と息を飲みました。こんな大きなエビフライなんて……これまで想像したこともありません。すると天から、エコーのきいた太い声が降りてきたのです。

「フジ子の大好きなエビフライができたぞ。それも二度と食べられないような大きな大きな大王エビのフライ。今どきは折しもランチタイム。さあ、早くいただく準備をしなさい」

 フジ子はオロオロしながらも、大好きなエビフライです。そしてハタと思い出しました。「あの子たちを呼びましょう」。自分の五人の娘たちを呼ぶことにしたのです。さらにもう二人にも来ていただきましょう。

 急にあわただしくなったフジ子は、エビフライの熱いうちに早く皆さんを招待しなくてはと、五人の娘たちに、そしてほかの二人にもメールを送りました。娘とは、ショウ子、モト子、サイ子、ヤマ子、そしてカワ子の五人です。ほかの二人とは、雲スクール校長の雲右ェ門と、カメラマンの田之助です。昼食の時間帯とも重なり、しかも大王エビのフライをいただけるとは、またとないチャンスです。折り返し、全員から出席を快諾する返事がありました。

 招待を受けた娘たちは、母親のフジ子に持って行くお土産を考えていました。

 末娘のショウ子は、小柄な娘です。普段は肉や魚は食べないので、エビフライと聞いて一瞬ためらいましたが、嫌うことでもないし、お母さんにも会いたい気持ちから、何ももたずに行くことにしました。長女のモト子は、太っ腹な娘。エビフライ、しかも大王エビと聞いたからたまりません。お腹を空かして行くことにしました。そして、富士山の入った五千円札を持参することにしました。次女のサイ子、四女のカワ子、三女のヤマ子は合流して、手ぶらで行くことにしました。

 雲スクール校長の雲右ェ門は、光雲に乗り、真っ先にフジ子のもとに到着しました。カメラマンの田之助は、愛用のカメラを肩にぶら下げ、フジ子と会えるのがうれしくてニコニコしながらやってきました。

 フジ子の連絡が早かったことが功を奏し、大王エビのフライがまだ冷めないうちに、みんなでテーブルを囲むことができました。こんなことは後にも先にもない、全世界始まって以来の天からの贈り物なのです。

 豪華なランチパーティーが始まりました。八人がぐるり並んだテーブルの上には、大王エビフライが、黄金色に輝いております。巨大な大王エビのフライも、太っ腹な長女のモト子がおりますから、食べ残すことはありません。

 パーティーもやがて終盤を迎えました。フジ子はお土産用として、大王エビのフライをあらかじめいくらか取っておいたものを、一人一人に手渡しました。そしてこのパーティーがのちのちの語りぐさになることを願って、フジ子はみんなを送り出したのであります。

 お家に帰った娘たちは、家族の前で土産にもらった箱を開きました。開けてびっくり。

「あっ…ミネラルウォーターだ‼︎

 エビフライの姿はどこにも見当たりません。中にはキラキラ輝く水が入っていたのであります。同じ頃、田之助も妻に土産の箱を開けてもらったところ、やはりキラキラ輝く水が入っておりました。雲スクール校長の雲右ェ門は、なぜか始めから中身のことを知っていたようです。

 そして……フジ子は、真昼の夢から覚めたところでした。全てのことは夢の中の出来事かと思いましたが、フジ子はどうしてもただの夢とは信じられません。あまりにも感動的だったのです。

 そして台所に行ってみたところ、フジ子は息を飲みました。本当に、台所のテーブルの上には、今、ランチパーティーが終ったばかりの、八人分の皿が乗っていたのであります。

 フジ子はいつもの、富士山の精霊の姿に戻っておりました。そして富士山上空には、大王エビフライそっくりの白雲が浮いていたのです。

 富士山は火の精霊です。

 雲は水の精霊です。

 火と水は、いのちの二大要素なのであります。

 

 

 

 

       

 

 

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