いのちの
  エッセーと
     詩歌集


本の概要

夫人と米の生命愛による守護の中で、酒乱の因縁から自分の生命に目覚め、いのちへの誠実な思いを深めていった著者。「自己調和」をむねとする日常生活において試行錯誤する様子をありのままに綴っている。第一章は自らの日記から抽出した文章(エッセイ)。六十歳代、七十歳代、八十歳代と自己調和の日々とともに年齢を重ねた著者。その等身大の生きざまとその心意気が伝わってくる。 

 

 

印刷版:全292ページ
おりづる書房、2019年

 

本の総合情報

本文からの抜粋

 

 

目次

 

まえがき

 

第一章 いのちのエッセー集

第二章 いのちの詩歌集

  • モグラはるんるん
  • 天が布置した寿命 (死)
  • 理想の生まれ変わり
  • イネとモグラ
  • 丸く丸めて大調和
  • 死と生の共存
  • 寿命は宇宙の調和の心
  • 魂のメッセンジャー・一羽の折鶴
  • 原爆鎮魂歌・一羽の折鶴
  • 魂の降臨・一羽の折鶴
  • 因果の花
  • 食とおにぎりと花火
  • クマ・リス・ヤマネコと人間
  • 綱引き合戦
  • 春の歌
  • 花の宮参り
  • 心いろいろ
  • 肉体脱げば
  • 不思議を越えて丸くなる
  • 生と死と八分咲き
  • 命のめぐり
  • 縁はいのちの当たり籤
  • ニワトリ様
  • 私はこの世の食の花
  • これでオイラもなっとくさ
  • 三毛猫タロウ
  • 食の川
  • 死生川 (ししょうがわ)
  • 僕は台風
  • 命の水が解放される時
  • 自己嫌悪は希望の星
  • 猫沢生まれのツバメ
  • △□は〇になれ
  • 人生航路
  • いのち船
  • ニャン・ニャン小太郎
  • 小さくなったわれらの地球
  • 男船
  • ファミリー賛歌「富士の花」
  • 米の里「庄内平野」
  • 止めてけれッ (不戦岳と軍艦島)
  • それそれ「日本食」
  • ねがい酒
  • ゲ・ゲ・ゲのゲ
  • いのちの橋
  • 愛妻挽歌
  • 神の呼吸

第三章 番外編 米のいろはカルタ

 

あとがき

 

 


 

 

葦(アシ)が葦(ヨシ)に変わる時

〝豊葦原の千穂ちいほ瑞穂みずほの国…〟

という日本国の美称を思い浮かべた。日本の風土を端的に表現したものに違いない。

 一面の湿地原野に葦が生い茂る原風景が目に浮かぶ。山があって、川が流れ、肥沃な葦原を耕し、田畑を造り、生きる原点となった農村風景。

 美田に変貌する以前は、鳥や動物・草木などで賑わう生き物の楽園であり、その典型的象徴とも言える湿原に広がる葦の群生。

 彼らは、われわれの先住の民(いのち)なのだ。秋ともなれば尾花を一斉に咲かせ、全開した花はそよ吹く風を待つ。風に乗り、波に乗り、いのちは生き生きとどこぞに着地する。その確かさは彼らのノウハウであり、大自然のノウハウなのだ。秋の原野は葦の花でクライマックスを迎える。一面の葦の世界は秋を彩る白衣の天使なのかもしれない。一年の最後を飾る貫禄を見せてくれる。

 湿原に群生する葦。豊かさを象徴するかのような葦の原。その湿原は、米作りの母胎が映し出されている。アシが群生し、水が澄み渡り、多くの鳥たち虫たちのひびきわたるアシの原。人間は、この湿原に生きる道を見いだした。

 アシがよく育つ湿原…そこは人の食を育んでくれる稲作の最適地。

 アシの原野が豊かに栄えていることは、又、人間の食料の豊かさを象徴してくれているようだ。そこは稲作の適地として、人間を定住させてくれる素地となった。

 アシの原野が豊かなことは、われわれの食文化にその主流となる稲作を保証してくれるのだ。

 そこで、妻と二人で先人たちに習い湿原原野を拓くことになった。この豊葦原を切り開いたのは、平成十年八月二十五日。人生六十四才からの出発であった。

 自然水といわれ、村の人々の命を支えてくれた五所水という出水がある。五所水の流れをうけた湿地帯は五反歩(五〇アール=一五〇〇坪)ほどの広さだったが、そこは、一メートル先が見えなくなるほどの豊かなアシの群生地だった。

 その湿原を、先人たちの労苦をなぞるようにして一から開拓に入った。ところが、豊葦原という葦の豊かさとは裏腹にくる日もくる日もアシの根にはばまれて苦戦を強いられることになった。平にした鍬を打ち入れて根を掘り起こそうとしたらかえって白分が土に引き寄せられるばかり。アシの根は最悪の障害となるのだ。

 艱難辛苦どうやらアシの群生を切り開き、その根茎の量は小さなトラックなら数台にもなったであろう。

 先人たちは、何時頃からか、葦(アシ)のことを『ヨシ』(葦)と呼ぶようになった。『葦(アシ)は悪し』のひびき音に通じるほどに、葦原の湿原開拓は苦難に充ちたことを自分の体験で容易に想像できた。そこで考えたのは『アシ(悪し)をヨシ(善し)』と呼んだのであろう。

 そのヨシの根は二年間七台のコンポーストに熟成しておいたが、それを、今回堆肥として田圃に戻す作業をやった。ところがこのアシなるヨシの根は心躍らす立派な腐葉土に変身していて手のひらの中でポロポロと砕けてくれたのだ。凄い自給自足のありがたい肥料となっている。私は切れ端一本でももったいないと思いながら、田圃一面にまき終えた時、アシ(悪し)はヨシ(善し)となって立派な姿で里帰りしたのだと思った。

 この年、念願の原種の稲・亀の尾と女鶴を育てることができた。

 現代農業は、人力もほとんどが農機に委ねることになったが、先人たちの重労働は命を縮める苦労であったはずだ。

 国家を支え、人々の命を支える根本土台の農業、その『農の心』を抱いて生きる人心こそ人の道ではないだろうか。

平成十二年十月十二日 64才

 

 

待つは心の華(はな)

待つことは待ちどおしいもの…
待つことは多くの心を起こす…
待つことは爆発力を包む…
こないなあー
どうしたんだろうなあー
何か忙しいことが
重なったのかなあー
おかしいなあー
もう来てもいいんだがなあー
材料がなかったのかなあー
或いは
後回しにされたのかなあー
それ程意にかけてないのかなあー
もう届いてもいいのに……
もう応答があってもいいのになあー
こっちを
変に思っているのかなあー
何か癩に障ったことでも
あるのかなあー
もう届いてもいいのに……
便りがあってもいいのになあー
無視されたのかなあー
何か悪いことでもしたのかなあー
何も心当たりが
ないんだが……
何か期待をかけたり
約束事をしたり
相手から
便りやら
あるものの注文やら
返事やら
待ち合わせやら
相手と
合うこと・届くこと
待つことは
心を浮き立たせるものだ
待つことは
わき出る心の泉となる
よくも悪くも
内からわき出る心の泉
それらは皆
自分自身の心の姿
自分のみすぼらしさ
自分の心の明るさと暗さ
心の光と闇を感ずるときである
待ってたものが届いたとき
それらは一気に昇華する
ただ喜びの渦の中で
それら一切が消える不思議
手に取り・喜び…
お礼をしなくちゃ……と
心浮き浮きと
はやるのだ
心は自在
心は変化に富み
責任のない世界で
遊ぶに似たりし心
そこに
いささかなるかな
懺悔をともない
いささかなるかな
恥もある
そして、完結の時
心は昇華して
感謝が残る

平成十三年五月三十一日 67才

 

 

自己確立に向けて

俺はこれでいいのか
何を求めて生きるのか
まだはっきりとしないのだ
これが迷いだッ
すると頭をよぎる言葉

〝迷いあるうちはダメだッ〟

と、内なる魂が叫ぶのだ
この生身の中は魂の集団だ
この生身の中は
幽霊たちの競り合いだ
オレが出て行くぞッ…
いやッオレが出るんだッ…
イヤイヤッ
わたしの出番だよッ
バカったれ
オレの番だぞッ………
と、いつも競り合う内なる幽霊
この身は多層民家ならぬ
多層意識民家だ
とにかく賑やかで
混雑しているよ
これからだ
これからなんだ
私という
自己意識の確立に向けて
魂の交通整理をしなくちゃっ…
と、頭を抱え
迷い…心が散り……
そして又、自己検分をやる
これからは
こうした迷いの期間を
挽回しなくてはならないのだ
それには長生きすることだ
長寿健康若々しく
その中で
人として
人の道を、
中心軸からぶれずに
尊く自己確立をするのだ
そして
その日が必ず来るのだ……
と、心に聞かせて
今日の一日をしめくくる

平成十三年七月二十三日 67才

 

 

オレは二倍生きて魂を輝かすのだ

 あふれる情報の中から深く心に刻まれる記事と出合うことが多い。

 それは、一意専心に生きる方々の人生である。その一途で一生懸命生き続けている人達を知るとやけに寂しさにひしがれることが多い自分に気づく。

今朝もそうだ。コラム記事『あのときあのシーン』、二代目写真家・岩合光昭氏の記事を読んだときのことだ。凄く悲しい心、寂しい心が内燃した。厭世観さえ湧いてくる思いにもなった。同時に、立ち直す自己激励の思いも湧いてくる。

 どうしてみんなは勇敢で、優れていて光るのか、と自分を責めつつも、ああーそうか…やっぱりなぁー…と思い返す。

 強烈な遺伝子の開花なんだ。歴史を重ねた祖先からの魂の伝承なんだ。そして、なかば研ぎ澄まされた感性と勇気の魂が、この世で子孫によってより一層の磨きをかけられてその感性は限りなく上昇して神域へ近づくほどに開花結実するのだ、と考えてみる。きっと先天性の魂の開花結実なのだ。

 それじゃ…この俺は一体どうすりゃいいのさッ…と、いぶかりながらも今の俺は直ぐに心を入れ替えて立て直す事もできる。

 いい先天性、悪い先天性……どちらであろうとも俺は長生きすることだ。俺は人の倍も生き続けるぞッ…と、いたいけな心痛と共に発奮する。

 元気で、長命で、たゆまぬ人間性の確立と学習、そして、数々の貴重な体験をするのだ。それは、すばらしい先天性を伝承した以上の磨きとなって己れの人生へと大転換できるというものだ。何も、劣等感にメソメソするんじゃないのだ、と真剣に心を確かめている。受け方を変えれば、この世はみな先生なのだ、と。

平成十四年十二月三日 68才

 

 

第一回目『バンジージャンプ三十四メートル』

 こんな気持ちが吹き出したのは何時頃だったのか、あれこれ三十年位前になるだろうか。テレビで見たスカイダイビングという大空を生身で飛ぶ光景が忘れられない。或いは、当時から自分との決別感が芽生えていたのかもしれない。それは又、自分の勇気づけの一つの手段として憧れたのかもしれない。

 ハングライダーにしても似たようなもので、兎に角、此の体ひとつで大空に任せてみたかった。今、七十歳台になっても不思議なことに決して薄れることがないのだ。

 月山ダムを少し下ったところに三十メートル以上の深さを誇る梵字川渓谷がある。ここに懸かるジャンプ台こそ私の大空への夢を充たしてくれる又とない場所なのである。

その深さ三十四メートル

瞬時にオール世界は……00000…

一度目を飛んだのは、平成十五年八月二十三日だった。六十九歳。

 

 

第二回目『天空に舞って魂を知る』 

魂を識りたい…

より一層に知りたい…

はっきりと

天地のひびき…

いのちの意志を知りたい。

それは、思索・思考・模索・探索などではつかみきれない。生命直結によるしかない、そう思うとき私は飛翔してみたくなった。

大鳥になって

天空を飛んでみたくなった。

その飛んだ一瞬

天の意に通じるのかもしれない。

人生の運びが…

運命性…宿命性だけが運ぶ進路である自分としたならば如何ようともしがたいのだが…

そこで、はっきりとした一本の道明かりのパイプを感受できるなら…

エネルギー……力……ご意志…の存在をしかと受け止めできるなら…

一層深く…一層明快に…直感できるなら……と

天地の魂…人生行路を支えている魂を直感できるなら……と

それは天空に舞うしかないとそう思ったとき

バンジージャンプで飛ぶことに決めた。

水上三十四メートル上空から身ひとつで

大鳥の姿になって一気に舞う

そこは朝日が昇る朝日村の梵字川。

新たなる直感が育ちますように……

大いなる魂に近づきますように……

平成十七年五月七日・午後一時四十分頃・七十一歳

気温十四度・雨降り及び強風注意報の日。

 

 

夢と現実

 夢が現実味を帯びてみせてきた。去る二十三日の朝三時頃だったが、妻が妙に不思議な夢で目を覚ます。旧知の女性の腹がむくむくと急に膨らみはじめたからサァー大変だ。お産が始まったのだ。慌てた妻は両手のひらを出して赤ちゃんを受け取って、えんじ色(黒味の紅色)の大きな布に包んだ。その出産のときの一瞬のこと、誰が言ったのか〝五十五センチ〟という聖なる声がした。

 その知り合いの女性K子にその話をしてみた。なんと驚くなかれ、K子の話はこうだ。

 昨夜のこと、下腹が訳もなくむくむくと膨らんだという。凄く気になったが今朝はおさまっている、というのだ。五十五センチの話をすると、自分は「十月一日生まれで今五十五歳」だという。私たちの泊まった部屋は一〇一号室。また宿を出るとき玄関マットを目にした妻はびっくり感動。赤ちゃんを包んだえんじ色の布そっくりのマットだ。

平成十七年九月二十五日 71歳

 

 

因果の花

①私はだれかどこからきたか

親を選んでこの世にでたか

何をもとめてこの世にでたか

精子・卵子の受精の卵

魂開花のこの世の中で

何をなさんとこの世にでたか

恨んでならんぞ憎んでならぬ

苦労をなめて山より高く

罪はあれども海より深く

許してくれと心で詫びる

めぐる因果のやるせなさ

心残さずきっぱりと

晴れてゆこうぜ二人の旅路

 

②私はだれかどこからきたか

親を選べずこの世に出され

何かを背負ってこの世に出され

親の卵でこの世に出され

魂開花のこの世の中で

恨んでならんぞ憎んでならぬ

縁の出会いは天意の定め

苦労をなめて行く道一つ

魂不滅を証す道

許してくれと心で詫びる

めぐる因果のやるせなさ

心残さずきっぱりと

晴れてゆこうぜ二人の旅路

 

 

生と死と八分咲き

①死ぬのはいやだ死にたくないよ

無常の風が吹きすさぶ

あの人この人いつしか消えた

やがてくるくるおいらの番が

無情の雨は音もなく

死んで消えゆく定めとて

死んで消えゆく定めとて

病んで死ぬならなお辛い

辛いよ怖い未練が残る

どうか神様連れて行ってよ

死のない国へ

聞かれた神様二つ返事でつれ去った

 

②連れてこられた死のない国へ

ここは天国極楽浄土

病がないから医者いらず

百歳すぎて千歳すぎて

万歳すぎて溢れるいのち

魚は泳げず飛ぶ鳥飛べず

助けてください

死なせてください

どうか神様連れて行ってよ

死なせる国へ

聞かれた神様二つ返事でつれ去った

 

③死なせる国は七色八色

寿命の花が咲き乱れ

不足と思わず八分咲き

草木の花は八分が見ごろ

いのちの食は八分が薬

人の交わり八分が手頃

せめて寿命は八八米寿

お前もおれも無理せず八分

文明文化は急がず八分

二分はいのちの潤滑油

余裕で生きる八分咲き

この世は天国八分咲き

この世は天国八分咲き

 

 

命のめぐり

①春だ春だよときめく春だ

希望に燃えてかがやく瞳

いのちいっぱい花ひらく

いのちの花は食の花

わたしゃいのちの食の花

そうだそうだよ食の花

 

②秋だ秋だよときめく秋だ

期待の実り心が踊る

いのちいっぱい燃え上がる

燃えるいのちは食の精

わたしゃいのちの食の精

わたしゃいのちの食の精

そうだそうだよ食の精

 

③夏だ冬だよいのちの洗濯

心も体も天地にとかし

いのちいっぱい身をまかせ

食べて待つのは食の春

わたしゃ待ってた食の春

そうだそうだよ食の春

 

 

食の川

①わたしは川よ川はわたしよ

長い長いわたしの川

朝日にかがやく真っ赤な川

夕日にきらめく青い川

丸い地球を三回廻る

長い長いわたしの川

その川なあーに

食べ物運ぶわたしの川

食べて血となる食の川

 

②いのちは川よ川はいのちよ

長い長いいのちの川

心の臓から太鼓がひびく

ひびきに乗って全身廻る

丸い地球を三回廻る

長い長いいのちの川

その川なあーに

食べ物運ぶわたしの川

食べて血となる食の川

 

③食は旅をし旅は舟の旅

ご飯の舟で旅をする

野菜や魚をいっぱい乗せて

今日はいかがか元気かい

休まず届ける舟の旅

丸い地球を三回廻る

その川なぁーに

食べ物運ぶわたしの川

食べて血となる食の川

 

 

小さくなったわれらの地球

①東の国から大豆がくるよ

南の国からカボチャがくるよ

西の国からパプリカくるよ

北の国から紅鮭くるよ

あれこれ見れどジャパンはいずこ

陸・海・空は大繁盛

小さくなった小さくなった

われらの地球

 

②光通信ネットで包む

地球丸ごとネットで包む

人工衛星丸ごと地球

IT・AI丸ごと地球

人類代理の舵を取る

今じゃ陸上リニアが疾走

小さくなった小さくなった

われらの地球

 

③石炭・石油をワンサと掘って

鉱石・宝をワンサと掘って

地上はドンパチ戦争たえず

地球のいのちは傷だらけ

対価をとらず無償の愛ぞ

小さくなった小さくなった

われらの地球

 

④世界の国は数々あって

言葉と文化数々あって

垣根を越えて手を結び

傷つけ合わずに手を結び

人類万華の花咲かせ

地球と同じに丸くなれ

小さくなった小さくなった

われらの地球

 

 

それそれ 日本食

①はあー 元気一番 日本食

玄米食べて みそ汁飲んで

お茶に納豆 発酵野菜

具沢山の みそ汁は

小魚イリコで ワカメとカボチャ

ニンジン・玉ねぎ・椎茸入る

これでおいらは 勲章三つ

元気一番 日本食

それそれ 日本食

 

②はぁー 無病一番 日本食

二木謙三 お医者でござる

玄米菜食 無病の勧め

平櫛田中 彫刻名人

魚は小魚 パワーの泉

文化勲章 二人の偉人

玄米菜食 小魚食べて

天寿まっとう 日本食

それそれ 日本食

 

③はあー 若さ一番 日本食

わたしゃ毎朝 勲章三つ

食べていただく ありがたさ

玄米食べて 勲章一つ

小魚食べて 勲章一つ

納豆・納豆 黒大豆

大臣賞を いただいた

若さ一番 日本食

それそれ 日本食

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米(食物・自然界)の生命愛に身も心も重ねることで、波乱万丈な人生もどんなに苦しい思いも澄み切ったものへと昇華した著者夫妻。その二人が遭遇した共振共鳴共時の記録は、「こころとは」「いのちとは」という命題に対する答えの証しです。