生命現象の根源

体と心の相関性

⑵心の受動性

⑴から⑺全文表示

 

普段、じぶんの心だと思っている「心」。じつは、じぶん自身の願望や意志の方向性・質・波長と重なる霊的なエネルギーが、心の世界において、発信したり共鳴したり増幅したりしている、それが心の実相であることを、共時性現象は暗示しています。心は、その人の内的な性質に共鳴してあつまる霊的磁場であり、あらゆる生命の「思い」が混在する生死一体の世界である、ということです。その心的かつ物的な状況証拠が、共時性現象(=シンクロニシティ)だと言えます。

 

心には、みずから何かを認識しようとする能動的な性質だけではなく、心の発生次元のように制御できない受動的な性質があります。無意識的に思い浮かぶことがら(=心の発生)は、霊魂との縁とも関係があるようなのです。それゆえ、心を改めるというのは、心の世界における霊的な縁が変わらなくてはならないので、そう簡単にできることではありません。

 

とはいえ、自分の心の習性や癖と向きあい、そこから抜け出そうという意思と行動を持続し、新しい心の習慣を身につけることこそが、心を改めるうえで重要であることにかわりはありません。ただ、この文章の冒頭でも述べましたが、これは人間にとってほんとうに根が深い問題です。

 

もちろん、望ましくないことばかりではなく、先人の魂、亡きいのちが、道あかりを灯すように応援してくれていることを、共時性現象は気づかせてくれます。国籍や立場、血縁関係などを超える意識エネルギーは、まさしく愛情です。心にはそういう奥深く神秘的な一面があります。

 

 

『酒乱 米の生命が生きるまで』
「生命の樹」より(4頁)
ここから書籍『酒乱こめのいのちが生きるまで』の抜粋。「だから、自分という一個の生命体の中には、まぎれもなく、何億万年のいのちの歴史が刻み込まれていることになる。それぞれの遺伝子の中には、生命博物館のようなものではないか、と思われる。私は、自分の意識改革を実行する中で、この生命の流れに、本当に感心した。全人類を一本のいのちの樹と見て、そこに花を咲かせている梢の先々が、我々、現世の人間の姿と見たのである。私が、狂った果実となったことは、心という生命の養分が、祖先のどこかで、誰かが狂わしてしまったのだと思う。だから、私の身体に黒い花を咲かせ、黒い果実を実らせた。この生命の、心という養分を変えない限り、いつまでも、どこまでも、子孫の花が狂うのである。どこかで、誰かが、心の養分を自然体に戻してやらなければ、子孫のみんなに、迷惑をかけることになる。代々引き継がれた心の歴史(潜在層)は、次第に、ひとつの生命体として、独り歩きをし、それが、現在の自分を操作支配する力となる。そして、今の心の習慣が、積もり積もって、自分を、さらに、子孫を支配する心の生命に育つ。自分の過去の心、祖先累々の心が、びっくり箱のように、現在の自分の前に躍り出てくるという仕掛けであると思う。こう考えてくると、勝手気まま、好き放題に、不調和な心を発散し続けてはならない。日頃の心の習慣が、ルーズになってくると、自己管理が不可能となって、人霊世界の思うままにされてしまうのだ。だから、酒を一杯飲むと、過去前世の悪心、亡者、括弧、今はなき者、括弧閉じ、が小躍りしてやってくる。心の世界には、時間、空間はなく、一面的、一本直通だから、一瞬にして現れる。こうして、いのちの樹を伝って、全方向から、飲み足りない亡者の援軍が集結することになる。もうこうなったら、現世の自分は、ブレーキなしの車が、下り坂を走るようなものだ。ある日、妻が、こんなことを言った。「お父さんが、少し飲みだすと、この世で飲み足りなかった人たちが、いっぱい集まってきます。」以上、抜粋はここまで

 

『神秘の大樹Ⅲ文字・数・色で証す新次元』「吉田茂の本と私」の一部(3頁)

ここから書籍『神秘の大樹 第三巻 文字・かず・色であかす新次元』からの抜粋。「日頃から、心の積み重ねが、いのちの中にどんどん入っていく。その心の集合体が魂であると私は考えているから、どんな魂がどんな勢力圏を張り合っているのか、自分のいのちの世界に関心をもっている。心が成長し、自分のいのちの中にそれぞれの色合いを持った心の集団をつくり上げてきた魂は、それをたぐっていけば、先祖がどうのこうのというよりも、人類全体を、さらにさかのぼれば、とてつもなく深く広い心性世界までつながっている。だから、人類は皆いのちの親子であるともいえる。極言するなら、人類の魂(心性)の岩盤は一つなのであり、一人ひとりの魂にもその岩盤が共存して共有している世界だと私は思っている。人類皆いのちの親子であり、心の親子であるともいえる。そのことはとりも直さず、自分が暗い心やよくない心になればそれは自分だけの問題ではなくなり、他の人にもそのくらい心や、よくない心が、いのちの霊脈を通って知らず知らずに流れていくということになる。一人でも多くの人たちが、明るく良い心で生きていられたらと思う。昨今の人類世界は現実に暗い面の映りが強く、戦々恐々としているのが辛く私に伝わってくる。単独一体のいのちはなし、みんな繋がっているいのち、順々繋がっているいのち、世界はいのちで一体、魂はどこかに必ず繋がっている、共振共鳴で響き合う魂、霊脈を呼び起こせ!良い霊脈を呼び起こせ!」以上、抜粋はここまで。

⑴から⑺全文表示

 

1ページ目  現在のページ、2ページ目  3ページ目  4ページ目  5ページ目  6ページ目  7ページ目、最後のページ

体と心の相関性⑶
「体の自律性」

出典・参考図書

▼閲覧と図書館検索

書籍『酒乱こめのいのちが生きるまで』の詳細・閲覧ページにリンクしています

酒乱
米の生命が生きるまで

菅原茂/MBC21/1993年

本の総合情報

 

「いのちとは」「心とは」という文字通りの “命題” について、 体験を通じた非常に強いメッセージを発している。 後年、この著者は『死んでも生きている いのちの証し』『神秘の大樹』を出版しているが、 第一作である本書を読むと、 なぜこの著者が、共時性を切り口にして「いのち」を語るのか、 腑に落ちる。

 

 

▼閲覧と図書館検索

書籍『神秘の大樹 第三巻 文字・かず・色であかす新次元』の詳細・閲覧ページにリンクして

神秘の大樹だいじゅ
文字・数・色で証す新次元

菅原茂/おりづる書房/2012年

本の総合情報

 

文字・数・色は人間の意思だけではなく、生死の境やほかの生物などと境なく、いわゆる「霊」や「魂」の意志性を代弁している。 共時性現象(=偶然の一致)は、それを認識させてくれると同時に、一人ひとりに対するあたたかい道案内の現象だと伝えている。

 

 


その他のページ

共時性とは何か

この画像は上の見出しのページにリンクしています

時空や生死を超え、人種や生物種も超えて、いのちには境界がない証し

 

因果性とは何か

この画像は上の見出しのページにリンクしています

「因果性」の実際は、それほど単純ではなく、もっと複雑。科学的な「法則」は、限定的な条件のもとでのみ有効だ。

 

偶然にひそむ因果

この画像は上の見出しのページにリンクしています

因果性がないというより、今の科学の尺度では説明できない、と言うべきではないのか。

 


共時性の真価

この画像は上の見出しのページにリンクしています

平成5年8月6日、広島平和公園で偶然発見された一羽の折鶴。共時性の真の価値は、生命現象そのものではなく、それが生命の真実を示していることだ。

 

サイトの概要

この画像は上の見出しのページにリンクしています

サイトの趣旨、本の紹介・説明、これらの本を推す理由、サイトマップほか