『広辞苑 第四版』[岩波書店、1997年(平成9年)]には、以下のような説明があります。
[※]『知識創造の方法論』野中郁次郎著、2003年、東洋経済新聞社
人間の意識世界において、「想像」と「直観」や「直感」との間に、明確な線があるわけではないとはいえ、意味の上で、かなりの開きがあることがわかります。
共時性の記録を通して生命を考察する『神秘の大樹』(全4巻)という本があるのですが、随想(1巻と3巻)には、現象の本質を察知する際の表現として「直感」という言葉が多用されています。ほかの共通点を挙げると、「想像」という言葉は「想像をはるかに超えて」という慣用的な使い方がほとんどであること、「第六感」「霊感」は一度も使われていないことです。
「心の波長を限りなく微細に絞り込んで、集中力を高めようとする。その集中度の個人差がある中で、各人が、それらの思いを寄せたところの、心の磁場において、はっと何かを知覚する瞬間がある。それはあの、魚を釣り上げる一瞬にも似て、心が何かと見事に同調する体験は得難いものである。」(『神秘の大樹』第3巻「生命8字は心の宝」p.123より)
「直観」や「直感」は、無意識的(潜在意識の)領域からの瞬間的なひらめきという印象があります。「はっと何かを知覚する」ように、それは、発見にも似たひらめきや気づきのようなものだと理解しています。
ユング氏は、人間の無意識の奥底にある人類共通の素地とされる「集合的無意識」のことを「人類の歴史が眠る宝庫」と表現したといいますが、上の例を見る限り、霊的な存在が関与する共時性の認識は、無意識的な意味合いをもつ「直感」が重要な働きをしていることを示しているとおもいます。また、誰でも働く力なのかどうか判らない「霊感」「第六感」という言葉が用いられていない点は、誰でも体験する現象であることを表しています。
共時性現象は、魂という意味での「心」が、肉体的な生死を超越していることを暗示しています。であれば、客観と主観、客観的・主観的という概念は、心の霊的性質を踏まえた上で、欲求、意志、感情、想像、思考、記憶、直感などの定義をあらためて考察すべき課題であるはずです。
いっぽう、これまで掲載してきた文章では、「論理的思考や科学的知識(断片)」か、「個人的信条や宗教的知識(固定観念)」か、そのいずれかに偏りがちな現代人の思考傾向を批判的に考察するにとどまり、心とはどういう世界かをより一層理解するための総合的考察という点で不十分でした。ただ、現状では力不足のため改訂をあきらめ、掲載内容の一部(=上の文章)を残し、ほとんどを削除しました。客観と主観について直接触れてはいませんが、心の性質について整理した「体と心の相関性」をご参照ください。
文字・数・色は人間の意思だけではなく、生死の境やほかの生物などと境なく、いわゆる「霊」や「魂」の意志性を代弁している。 共時性現象(=偶然の一致)は、それを認識させてくれると同時に、一人ひとりに対するあたたかい道案内の現象だと伝えている。