富士山と
  雲と神様


本の概要

 

印刷版:全143ページ
おりづる書房、2016年

本文からの抜粋

目次

はじめに

第一話・ニワトリセン太の独り言

第二話・富士キツネと雲タヌキ

第三話・赤富士は下戸富士

第四話・鳥居は天の文字

第五話・富士太郎の旅姿

第六話・富士に咲いた髪長姫

第七話・SL富士号 宇宙探訪

第八話・真昼の夢 雲のエビフライ

第九話・タコとサケの珍道中

第十話・富士山と火の鳥

第十一話・四つの玉雲と富士山

第十二話・細胞からの三つの願い

第十三話・富士シアター・星々招待

第十四話・フジ子姉さんと峠の孟宗爺さん

第十五話・富士神様の愛用帽子

第十六話・富士ヘリの夢

第十七話・カマキリライダー富士をゆく

第十八話・火の神と水の神の郷愁

—— 宇宙は二層の卵

第十九話・フジ子姉さんと雲右ェ門

第二十話・富士は神

おわりに

 

 


 

 

第一話

ニワトリセン太の独り言

 昔むかし、太古の時代でありました。地球がようやく穏やかになり、大陸にも緑がかがやくようになっておりました。

 ある日のこと。海辺ではいのちの一大イベントが始まろうとしていました。いのちの〝ぬいぐるみ大運動会〟です。何億万という、いのちの原子が集結していました。

 コースは漆黒の闇の中で走ります。ゴールには、数え切れないほどの〝ぬいぐるみ〟がおかれています。いよいよカウントが始まり、号砲の合図とともに、いのちの原子が一斉に飛び出しました。どんな〝ぬいぐるみ〟に出会えるか。ゴールは手さぐりです。ゴールには〝ぬいぐるみ〟、つまり、ニワトリであったり、人間であったり、犬や猫や虫たちであったり、その他もろもろの千差万別の、いのちの形が待っています。

 いのちの原子たちは各々、ゴールで手にした〝ぬいぐるみ〟を着、これよりいのちの聖火ランナーとなって延々と時空を超え、現実のこの世へと聖火を繫いでいきました。

* * *

 ニワトリとなってこの世に迎えられたボク。ヒヨコ売りのおじさんに連れられて、裸電球のうす明りの下、ほかのヒヨコたちに混じって箱の中にいました。浅間大社の宵祭りの日でありました。

 祭りもなかば頃のこと。一組の親子連れが足を止めました。そしてまだ幼い女の子が、ボクと視線が合うと同時に、

「お母さん、私このヒヨコ飼いたい!」

と、せがんだのです。ボクはドキドキしました。するとお母さんが喜んで買ってくれたのです。この日からボクは、人間と一緒に生きることになりました。ボクの育ての親であるこの家の幼い女の子から、ボクは人間の言葉も自然におぼえていきました。

 毎日食事を与えられ、やさしい声をかけられて、毎日が幸せでした。ところが、そんな幸せな日々も、長くはつづきませんでした。

 ボクが成長するにつれて、次第に愛くるしい姿は消えていきました。頭上には紅色の大きなトサカ、声もピヨピヨからコッコッコッと太いかすれ声に、脚は太く、爪は鋭くなり、食欲は旺盛となり、まったく可愛くない姿になりました。幼い女の子は次第に離れがちとなり、ボクはさびしくなりました。

 それから間もなくのこと。突然ボクは籠に入れられて、近くの神社の林に置き去りにされたのです。寂しい別れを経てからというもの、ボクは命がけの日々を過ごすことになったのです。

 食べものはない。これまで見たこともない野良猫や野良犬が寄ってきては嚙みつきにかかる。ただでさえ腹ぺこのボクは、逃げるのに精一杯でした。

 本当は何億万年前は、皆が同じいのちの原子だったのに、あの〝ぬいぐるみ大運動会〟があった日から、姿も心も運命も、すべてが行きちがうようになったのです。今では猫にも犬にも追われる、あわれなボクです。

 ある夜のこと。ボクは太い木の根元で仮りそめの眠りに落ちておりました。その時、はっきりとした夢を見たのです。

「ボクちゃん、ボクちゃん……」

何度も呼ばれました。目の前には、立派なお姿のお姫さまが立っていました。ボクが無言で見上げると

「ボクちゃん、今日から私がお母さんになってあげましょう。だから安心して、神の池(湧玉池)のそばでがんばりなさい。ボクちゃんはお利口だから大丈夫。食事は自分で考えるの。でも神の池の水をいただくだけでも生きられるから、安心しなさいね。

 どうしても我慢できない時は、心の中で私の名を叫びなさい。私の名は〝浅間大社の守り神・コノハナノサクヤ姫〟といいます。私の家は富士山にあります。強く生きなさい」

 ここでボクは、夢から醒めたのです。ボクはうれしかった。生きる勇気が湧いてきました。ボクの棲み家は神の庭。食べものは、ボクの糞尿や草木や落葉、そして大地の力を借りて育てよう。ボクの逞しくなった脚は鍬の代わりに、外敵には強い蹴りが武器になるから安心です。そしてボクは、夢の中でみたコノハナノサクヤ姫を、心の里親と決めました。そして浅間大社の庭を、棲み家と決めたのです。

 それから数日後のことでした。湧玉池を源流として潤井川に注ぐ神田川の近くで軽い食事をしていた時、背後から冷めたい霊気が流れてきました。ボクは直ぐに感じました。

「野犬だ‼︎ 危ないっ‼︎」

 そう思ったとたん、ボクは川に飛びこみました。その時、どこから姿を現わしたのか、巨大なイワナが川面から顔を出し、野犬をめがけて強力な水鉄砲を噴射したのです。見事目玉に水鉄砲が命中した野犬は、もんどりうって必死に逃げ出し、ボクは九死に一生を得ました。それからというもの、ボクはこの巨大なイワナを〝イワナドン〟と呼び、命の恩人として尊敬しています。

 あとで知ったことですが、イワナドンはコノハナノサクヤ姫から、ボクの見守りを託されていました。それからというもの、ボクはコノハナノサクヤ姫のご加護とイワナドンのお守りのおかげで、たくましく成長していきました。

 それから、どれほどの時が過ぎたことでしょう。ボクは田之助という、カメラが趣味の人間にかかわることになりました。

 ボクはニワトリだから平気ですが、ボクをみかけるとすぐにいろいろ、話しかけてくるのです。

「お前はたくましいやつだ。ハーレムをつくっているばかりか(俺の妻は一人だけだ)、自給自足をし、皆に愛されている。すぐそばにすむ土鳩のドバ吉とは、天と地ほどの差だ。お前は糞も散らさず、餌は自給で、静かにたくましく生きている。ドバ吉は人間にエサをねだるし、神の橋にまで糞をし散らかす。それに対してお前は、さすが日本一の神さまの里子になったニワトリだな。この俺が新しい名前をつけてやろう。〝浅間大社のニワトリセン太〟だ。どうだい、セン太?」

と言って、ボクに新しい名前をつけてくれたのです。これを知ったサクヤ姫も喜び、ボクもその気になりました。さらに田之助はこう言いました。

「セン太、お前は頭が回るし、俺よりも多くの人間を見ているから知恵が回るよな。セン太に、神を讃える歌をリクエストするから、聞かせてくれよ」

 富士山のこと、サクヤ姫のこと、浅間大社のこと、神田川のこと。そして「セン太、お前自身の話を入れて、即興でな」と言うのです。

 乗り気になったボクは、すぐに心の赴くままに唄いだしました。

 題は「〝ニワトリセン太〟の独り言」。

 

一、ここは富士山 富士宮

日本一なら三つもあるぜ
富士の高さは日本一
白い帽子がよく似合う
富士の神様 サクヤ姫
浅間大社の守り神
ケッコウ ケッコウ
コケコッコウー

 

二、ここは富士山 富士宮

日本一なら三つもあるぜ
川の長さが一〇〇〇メートル(市街地図からの概算)
清く短い 日本一
天然記念の 神田川
イワナのドンが 待ってるぜ
ケッコウ ケッコウ
コケコッコウー

 

三、ここは富士山 富士宮

日本一なら三つもあるぜ
鳥居があって 鳥が居る
神社のニワトリここだけよ(日本一!)
自給自足の エコロジー
ハーレムつくって 待ってるぜ
ケッコウ ケッコウ
コケコッコウー

 

 この讃歌は、コノハナノサクヤ姫にも届けられました。姫からは祝福の返信が寄せられ、川辺ではイワナドンも身をのり出して祝福してくれました。

 セン太は最高の幸せをかみしめながら、うれし涙を浮かべていとしいハーレムへと帰って行きました。浅間大社にも夜のとばりが降り、田之助もようよう家路につきました。

 

 

第二話

富士キツネと雲タヌキ

 太古の昔、地球は火と水の玉でした。億万年がすぎたころ、ようやく日本の国ができました。国の中心には、世界一美しい富士山ができました。富士山のふもとには、小さな湖ができました。里の人々は、田貫たぬきと呼んでいました。

 富士山のふもとには、どこからともなく現われた姫キツネが住みつくようになり、里の人々はその姫キツネを〝フジキツネ〟と呼ぶようになりました。

 富士山は、日本一高く、世界一美しく、その姿は私にそっくりだわと、フジキツネは大満足でした。

 ある日のこと。フジキツネは、美しい自分の姿を見てみたいと思うようになりました。下の小さな湖の湖面を見た時、「そうだ、湖面が静かになれば、自分の姿がきっと映る」と思ったのです。

 それからくる日も、くる日も風が吹きつづいていましたが、ある時驚くほど静かになった湖面が、一枚の大きな鏡のようになりました。喜んだフジキツネは体をのり出して、クローズアップの姿に見とれていましたが、少し体を起こして全身を映したその時……異様な雰囲気に気づきました。左側に、自分にそっくりの姿をしたものがいたのです。びっくり仰天したフジキツネは、むらむらと怒りの火が燃えあがりました。

「あんたは、いったい誰なのさ。私の美貌を真似るなんて、お前は、キツネかタヌキの化物かい?」

 フジキツネは、自分がキツネであることも忘れて叱りとばしました。あまりの怒りに驚き、クモタヌキは、おそる恐る言い出しました。

「すごい怒りようだね。ぼくは、あんたの真似なんかしたおぼえはないぜ。富士山の周囲で遊んでいたら、形がそっくりになったみたいだ」

 クモタヌキは、美しいフジキツネのことを、父さんや母さんから聞いて知っていました。富士山ができると直ぐに住みついたことも。怒りだすと、地球をふるわせて火の玉となることも聞いていたのです。フジキツネの怒りをしずめるには、どうしたらよいかと考えました。

 クモタヌキは、根っからの冷静な性格ですから、争うことはいたしません。気をとり直して言いました。

「フジキツネの姫様。あなたのお怒りはよくわかります。世界一の美貌の持ち主が二つとないから〝不二〟の名をいただいたことも、聞いております。あなたが怒ると、天地をゆるがすことも。

 僕は、フジキツネの姫様とはちがって遊びが得意なのです。同じ場所で同じ姿では一時もおられません。その場の流れの中で、うっかりあなたと同じ姿になったことはお許し下さい。悪意なんてありようもないのです。

 ましてや姫様。あなたは、大のお得意様です。冬用のファンデーションは、うちが一手に引き受けておることは、ご存じのとおりでしょう。機嫌を直してくださいな」

 そうです、フジキツネは大事なことを忘れていました。クモタヌキは毎年、冬が近くなる頃から、化粧用のファンデーションを忘れず届けてくれています。冬化粧をした、純白のフジキツネの姿は、里の人々のみならず大勢の観光客の人気の的です。クモタヌキが届けてくれる純白の化粧品が、自分のいのちであることを思い出した時、フジキツネは、嫉妬心から怒ったことが恥ずかしくなりました。

 「クモタヌキのお兄さん、大事なことも忘れてねたみが先にたち怒りを爆発させたこと、すまなかったわ。これからは、お互いに仲良くしたいわね」クモタヌキは「さすがフジキツネの姫さま」と思いました。怒りを恐れたことも忘れて、自然と親しみがわき、これからは姫さまの純白の化粧品は、決して切らさず届けようと、心をあらたにしたのでした。

 フジキツネとクモタヌキの一部始終を見ていた「いのちの親様(天の声)」は、安睹の思いから一言伝えることにしました。

「わしはすべてを聞いていたぞ。どちらも天性の性格が現われていて、よかったぞ。フジキツネは火のいのちを受けつぎ、クモタヌキは水のいのちを受けついでいる。

これからはともに、バランスよく調和の心で過ごせよ。共に有限の寿命であることも忘れずに、里のいのちたちに、恵みをつづけてくれよ」

 天の声を聞いたフジキツネとクモタヌキは、この言葉を聞いてから、これまで以上に、里の人々や、多くのいのちたちに、いのちの親さまから伝えられた、火と水の恵みの愛と調和を届ける喜びでいっぱいになりました。

 

 

第三話

赤富士は下戸富士

 ある日、フジさんに出羽庄内のチョウカイさんからメールが届きました。彼とフジさんとは、大昔からの山友達なのです。メールの内容は、次のようです。

「これからが、冬本番です。日本海の旬の本命といえば、寒鱈かんだらじる。フジさんは駿河湾がお膝元ですが、寒鱈といえば日本海の荒波育ちが絶品です。山といえば、フジさんの右に出るものはもちろんございませんが、寒鱈汁といえば、酒田港が一番です。最上の寒鱈汁を取りそろえていますから、ぜひお出でください。お待ちしています」

 山友達のチョウカイさんからのお誘いです。さっそく快諾かいだくし両者はひさびさの再会となりました。

 フジさんを迎えたチョウカイさんは、「やはりお姉さんのフジさんは格がちがう。世界一の美貌の持ち主だ」としみじみ感じました。特に、冬場の身支度がまるでちがいます。

 高貴こうきで、端正たんせいで、流麗りゅうれいな姿です。さらにほのかな色香いろかさえ漂っているのです。

 出会ってさっそく、港町酒田へと案内いたしました。酒田といえば、海運で栄えた日本海屈指の港町です。唄にも登場する、

「本間さまには及びもせぬが、せめてなりたや殿様に……」

と言われた国内屈指の大地主、本間家があります。往時おうじの姿をとどめる料亭などもございます。

 チョウカイさんは、料亭「亀咲」へ案内することにしました。板前さんを前にしたフジさんは、興味きょうみ津々しんしん、そのようすを見つめていました。

 脂がのりきった旬の寒鱈は、光沢のある白い地色じいろに、黒光りするまだら模様が活き活きとして、肌がぴんと張っています。今夜の酒は何にしようかと、頭を悩ませていたチョウカイさんは、いいことを思いつきました。フジさんにぴったりの酒、それは夕焼酒造会社の玄米焼酎であります。度数は三五度あります。盃もいいのがありました。サクラとモミジが描かれた漆塗りの逸品いっぴんです。

 フジさんは、大満足でした。山友達同志では、こんなことは普段なかなかないことなのです。

 今回は、チョウカイさんのすすめ上手に乗って、交友を深めています。寒鱈は随一の味、酒はぴりっとして、全身にしみわたり、実にうまいのです。フジさんの顔は、みるみる赤く染まっていきました。しかしほどなくして、いのちの奥底の方からあるサインが届き、フジさんはハッと我に返りました。

「しまった……、私は下戸げこだった」

 そう気づいた時は、すでに盃で焼酎を二杯飲んでいました。顔を真赤に染めたフジさんは、ここでお開きにしなければと思ったのです。そしていち早く、そのことに気づいたチョウカイさんは、これ以上すすめることはしませんでした。フジさんが下戸であることを、チョウカイさんはこのとき、初めて知ったのでした。フジさんに夕焼酒造会社の焼酎は、いささか強すぎたようです。

 それでも寒鱈汁で至福の時を過ごした二人は、一層旧交を深めて、お開きすることにしました。

 外は、風もなく、しんしんと粉雪が降りつづいておりました。両者は幸せな思いで再会をちかって、夜の街をあとにしました。

 そしてチョウカイさんは鳥海山に帰り、翌朝気分よく目覚めたフジさんは、赤い顔もすっかり元通り、駿河の富士山に帰っていきました。

 

 

第四話
鳥居は天の文字

 ある日、神社の鳥居の上に一羽のカラスが止まり
「カアー、カアー、カアー」

と鳴いていました。真黒なカラスと真赤な鳥居。その色合いと鳴き声は、なんとなく重苦しいものでした。

 さらに翌日の早朝のこと。同じ鳥居に一羽のニワトリが止まって

「コケコッコー、コケコッコー」

と元気よく鳴いていました。

 真赤なトサカと真赤な鳥居です。今度はその色合いと鳴き声の対比がなんとも軽い。

 この鳥居の中央には、浅間大社のご神体(富士山)が納まっています。ここで、「ニワトリセン太」の名付け親となった田之助は思いました。

「まもなく夜が明ける、太陽が昇ってくる。この鳥居に止まるのは、やはり夜明けを知らせる一番鶏、ニワトリがふさわしい」

 一番鶏のニワトリは、「コケコッコー」の鳴き声で夜明けを知らせてくれます。ニワトリが朝一番の「生」を、カラスは「死」を担当するのが、やはりよいように思われるのです。

 ニワトリは天に代って、いのちの誕生を象徴する〝朝一番〟の扉を開く鳥です。黒いカラスが夜明け前の暗がりで、希望の朝だと鳴き声を響かせても、あまり目覚めはよくないもの。カラスにはカラスの居場所があるようです。

 またニワトリは神の使い、カラスは仏の使いとも言えます。昔、宮中には、夜明けを報らせるにわとりびとという役人がいたとされます。またカラスは、鳴き声で人の死を予兆する能力があるともされています。生と死は、いのちのひとそろい、呼び名を変えれば、「生成と消滅」です。死も、生と同じく最も大事な次元です。死がないなら、この世は地獄と化すでしょう。生き物に寿命が与えられたことは、いのちの根本愛からくることではないでしょうか。

 死とは、「いのちの原子」に還るサイクルであり、生体の組成をつくる原子に戻る訳です。

 母の子宮に誕生した新しい生命は、母の摂取する食物の原子によって組み立てられます。食の原子で五体が組み立てられるのですから、自分は食、食は自分ということになります。

 鳥居に止まったカラスとニワトリの話に戻ると、鳥居の形を見た時、田之助は、「天の文字」がその姿になったことを直感しました。

 「天の文字」が、図形化されたと考えられるし、鳥居と命名されたことも、天の夜明けを報らせる一番鶏がぴったりときます。天の扉開きは、一番鶏のコケコッコーが一番であり、その鳥が居る鳥居こそ、いのちを司る神がおわします神域を象徴するものでありましょう。

 やはり鳥居にはニワトリが、最もふさわしい。特に尾の長ささが八メートルにもなるという、尾長鶴(日本固有種・特別天然記念物)が止まったら最高です。尾が地上に届く程の長さで、なお余りある姿は、荘厳なる天の入り口です。鳥居はまさしく天の文字に違いない、と思うのです。

 

 

第六話 富士に咲いた髪長姫

 平成二十六年(二〇一四年)三月十六日、十六時四十分のことでありました。富士山から絶世の美女が雲の姿を借りて、花が咲いたようなその姿を顕わしました。

 その誕生に立ち会った田之助は反射的に、「髪長姫かみながひめだ」と、叫んだのでした。雲の姿を借りたその魂は、刻々とその姿を変えつつ、拡大消散していきました。

 髪長姫は、平安時代に紀ノ国の日高の里(現在の和歌山県日高郡日高川町)に生を受けた女性でありました。この里には当時、天皇の勅願によって建立された道成寺というお寺があります。

 寺の縁起にまつわる髪長姫の物語は民話にも、また和歌山県出身の作家、有吉佐和子氏の絵本にも、詳しく紹介されています。有吉氏は、髪長姫(宮子姫)と道成寺とのかかわりについて、有吉氏ご自身の深い思いを、絵本に託されたようなのです。

 髪長姫は、母の犠牲と観音様のお守りの中で、丈なす黒髪に恵まれて育ちました。その美しさは時の政治家、藤原ふじわらの不比等ふひとの耳にも入り、養女となったのち、第四十二代文武天皇の妃に召されることになったのです。産んだ皇子はのちに第四十五代聖武天皇となられました。

 田之助が、この道成寺を訪ねたのは、平成二十六年(二〇一四年)三月十一日のことでありました。この時初めて、髪長姫のことを知ったのです。そして富士山に髪長姫の雲の姿を見たのは、それから五日目の夕刻のこと。その日は朝から、髪長姫のことを考えておりました。姫が第四十二代文武天皇の妃になられるまでのことが脳裏から離れなかったのです。外出もとり止めていたのを、ふと背を押されるようにして家から外に出て富士山に目をやると、雲の姿にハッと息をのみました。そしてカメラを持ち出し、夢中でシャッターを切ったのです。

* * *

 田之助は、心の世界や魂と呼ばれる世界に時間や空間の制約がないことは、これまでも充分認識しておりました。

 人は死んでも魂は生きつづけ、また自分のいのちは、親、そのまた親……というルーツを超えて、宇宙の根源までいのちが連綿とつらなっていることは、認識していました。たとえ一三〇〇年前のことだとしても、いのちのつらなりの中では、一面一体即時即刻、魂の意志は時空を超えて顕在化することも、認識していました。「思えば通わす命綱」または「生きて通わす身の定め」となって、死という世界の心性エネルギー波動の顕れ方は様々な姿となって具体化するようです。魂が現実の生身の中で生きつづけていることは、この生命体の実態なのです。自分といういのちの実相は、九九・九パーセントが過去の人々が連綿とつむいできた、心の集積であります。それは〝魂のファイル〟として分類され、共通の知的財産として集積されているのです。

 ですから、心を寄せる者には「魂の窓」が開かれ、コンタクトすることができます。

 死の世界は、生きています。肉体(物質として)の元素が天地に還元されただけのことで、魂までどこかに消えてしまうものではないのです。

 魂にもピンからキリまであります。エネルギーの強いもの、弱いものがあり、強い魂ほど、自分を作動させ、魂の窓を開くことができるのです。正しく、今の自分は生死一体の姿といえましょう。

 前述したように、私たちのいのちは、九九・九パーセントが過去の心であり、亡き人々の魂の世界です。

 遺伝子は「いのちの設計図」とたとえられますが、遺伝子の母体となっているDNAは、その九〇パーセント以上が〝ジャンクDNA〟と呼ばれる、意味のない配列と言われています。これらの全く何なのか分からない不明のDNAこそが、人類を貫く記憶を集積した「魂のファイル」ではないでしょうか。私たちの関係の中で、心の共振、共鳴の場が生まれた場合、ふと「魂の窓」が開かれ、生死一体の意識が生み出されていきます。

 髪長姫は、一心に自分のことを思ってくれている田之助なら、「魂の窓」を通じて、コンタクトできるに違いないと思われたようです。この髪長姫の思いが田之助に伝わり、富士山に雲の形を借りて顕われた姫の姿を、写真におさめることができたのです。

 こうした魂の顕われというのは、田之助の分類からいえば、「文字もじだま」に入ります。これより、髪長姫が、なぜ富士山にその姿を顕わしたのかを、田之助流に説明いたしましょう。

 髪長姫は長いこと「魂の窓」を閉めておりましたが、ある日窓の外があまりにも賑やかなので、魂の窓を開いたところ、賑わいの中心には、懐かしい姫さまが、大勢の人たちに囲まれて話をされていました。

 その姿を見た髪長姫は驚きました。何と、その懐かしい姫さまとは、「コノハナノサクヤ姫」でありました。

 コノハナノサクヤ姫は、神々の中でも、際立つ美貌の神様として知られています。父神さまは、オオヤマヅミノ神という山の守り神です。気品に満ちたサクヤ姫は、皇孫ニニギノ尊の妃神となり、三人の皇子を産みました。そして日本一高く、世界一美しいといわれている富士山の祭神となりました。現在は、富士宮市の浅間大社の主神として祀られています。平成二十五年(二〇一三年)に富士山が世界文化遺産に決まり、世界中から大勢の人々が訪ねてくるようになりました。

 髪長姫が魂の窓を開いて外を見た時、真っ先に目に止まったのは、この大勢の人々に囲まれるコノハナノサクヤ姫でした。髪長姫が窓の外のサクヤ姫を目にした時、ぜひ会いたいと思ったのでございます。髪長姫のメールを受けとったサクヤ姫からは、次のような返事が届けられました。
「ワタシモ アイタイデス スグニコチラニ オイデクダサイ」

 髪長姫と面会したサクヤ姫は、目を見張りました。

「ウツクシイ! ワタシノウツシカガミダワ」

 髪長姫の美貌は、サクヤ姫に勝るとも決して劣ってはおらず、両者は互いの美しさに、まるで映し鏡となったような心持ちがして、感激につつまれていました。そしてサクヤ姫は、髪長姫のこの美しい姿を、現実の世界にすむ人々にも、一度でいいから見せたいものだと思い立ちました。ところが、髪長姫は魂の世界の住人。現実の世界にすむ人々は、その姿を見ることはできないのです。どうしたらよいものかと髪長姫に問うと、次のような返事がかえってきました。

「コノハナノサクヤ姫さま、雲をお借りしたいのです」

 サクヤ姫は早速、雲の大群を用意しました。それでも現実の世界にすむ人々は、その魂の姿になかなか気付くことはできません。ところが髪長姫は一人だけ、写真に撮ってくれる人を知っていました。

 サクヤ姫が雲を髪長姫に渡すと、髪長姫は別れを惜しみながら静かに右手を左右に振り、雲の中へと消えていきました。するとどうでしょう……みるみる雲は形を変えながら、天にも届かんばかりに広がって、髪長姫の尊顔そんがんを映し出し、美の極みといえる姿に顕現なされたのであります。と同時に、髪長姫は、田之助にも霊波を発しました。霊波を受けた田之助は、背を押されて、髪長姫の尊顔を撮影することができたのです。

 かたやサクヤ姫は、その見事な姿に限りない神愛のエールを送り続けたのであります。

 *撮影された写真は、魂不滅の貴重な証しとなりましょう。

 

 

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米(食物・自然界)の生命愛に身も心も重ねることで、波乱万丈な人生もどんなに苦しい思いも澄み切ったものへと昇華した著者夫妻。その二人が遭遇した共振共鳴共時の記録は、「こころとは」「いのちとは」という命題に対する答えの証しです。