神秘の大樹だいじゅ
 ヒロシマとつる姫  



要点・概要

一羽の折鶴が証す
魂不滅の真実

本書「帯」記載の文言より

 

広島・岡本天明絵画展を訪れた著者夫妻は偶然小さな折鶴を拾いました。じつはこの折鶴、岡本氏の出生地「倉敷市玉島」と大きく刷られている紙だと後で判明することに。シリーズ第2巻は、現実のエピソードをもとに、縁の裏舞台描写を「物語」に託しています。

 

「現実を生きる自分が、実は億万年から連なる亡き心たちの複合霊体(魂)であること、そして、死んで消えたのではなく、心は実に生き生きと輝いていて、自分を自分たらしめている原動力であるということ、そして、死んでも生きている心の世界」に言及する随想も興味深いです。

 

また、作中に『ひふみ神示』が出てくる「いわとびらきなりなるぞ」の一節や「一厘の仕組み」について、登場人物が繰り返し語る言葉がたいへん示唆に富んでいます。

 

神示の一点が解けてまいりました

食が新たないのちとなる次元

いのちの中心

(中略)

扉開きはゼロの目

食の目

共時の目を開くことでした

いのちの真実に目覚めることこそ

岩戸開き

そして

心の扉開きでありました

 


 

物語(印刷版:全166ページ)

著者略歴:閲覧コンテンツ内

 

本文からの抜粋

単純明快に
いのちの中心には
食がありました

本書「第二章 魂を乗せた一羽の折鶴」の一節

 

円カッコ丸カッコ閉じの中に点が描かれている図

『ひふみ神示』記載の記号。
『神秘の大樹Ⅱ』にも引用されている。

 

まえがき

 神秘の大樹シリーズ第一巻では、偶然の一致といわれている現象を実体験に基づき、25の話を取り上げて、エッセー風に考察を試みてきました。

 心の世界は、とてつもなく広く深い、糠に釘のたとえどおり、手ごたえのない厳しい世界であります。その厳しく難しい世界に学究者でもない者が挑戦している訳ですが、一つ確かなことは、記述のすべてにわたって、実際に体験を通しての実例から浮き出す真実を体感できるのが唯一の強みであるということです。

 心の世界の99.99パーセントが過去の心であり、また、歴史上の心でもあります。換言するならば、死の世界の現実は生きているということです。心の99.99パーセントの死の世界は生きているということなのです。0.01パーセントという刹那の、今の心こそ自分の思いであり、死の世界の代弁者でもあるわけです。

 極言するならば、自分のいのちの中は生きている死の世界であって、魂は決して死ぬことのない輝く世界だといえるでしょう。肉体の死は生きている心の世界なのです。

 そんなバカな、と思うかもしれませんが、実際に肉体を消した人々の心は魂となって、この身の中で生き生きと輝き続けています。この身から魂を抜いたら、もぬけの殻になります。だからこそ、偶然の一致といわれる偶然の出会いや、出来事が、人々の暮らしの中で起きている訳です。魂は、今の心を道明かりとして、縁結びの使者になって活躍している訳です。

 偶然はいのちの監視下で、魂と魂の結び合いの流れの一片がひょっこり地上に顔を出したというだけのことであり、また、それは延々と続く縁結びのドラマの流れの一片の息遣いということができましょう。

 魂の息遣いとは、いのちの中から発してくる魂のメッセージなのです。

 我々の心の奥底は、今の心の方向性に合わせて、すなわち、今の心を道明かりの灯台としています。そして魂は縁結びの使者となって活躍しているわけです。魂は原子の光に乗って飛び回っているのです。

 

 思いは生きものだ

 目的に向かって飛んでゆく

 縁エネルギーになって飛んでゆく

 

 思いが生きものなれば

 花を求めて飛んでゆく

 実を結ぶために飛んでゆく

 

 思い強ければ強いほど

 持続すればするほど

 縁の花を咲かせて実を結ぶ

 

 この世の空間は心の海だ

 錯綜混交の海だ

 見えたら一歩も歩けない

 

 心に合った縁が待っている

 心は縁結びの使者となって

 人生喜怒哀楽の実を結ぶ

 

 縁の使者となった魂たちは、原子の光に乗り、文字・数・色、その他、この世の媒体を介して訴え続けています。現れ方としては、偶然の一致であったり、夢であったり、時にはヴィジョンであり、閃きであり、霊言となって発現することだってあるのです。数ある魂の媒体表現の中で、「文字・数・色」の媒体を介し、魂は、肉体は消えても心は生きているのだ、ということを証し続けているのです。

 神秘の大樹シリーズ第二巻の本書では、おそらく人々には見過ごされるであろう、それも、原爆ドーム前の、橋の上に落ちていた一羽の小さな折鶴が、天の扉を開く声なき声の現実の姿であったのです。肉体を消した魂の切実なるメッセージでありました。

 現実の世にあって、これ程の非現実の現実が万光の光を輝かせていたとは、神のみぞ知ることであったか。これまでに、これ程の偶然の一致があったでしょうか。否、共時性現象があったでしょうか。

 死んで、ただ煙になって消えるのではありません。心は厳然として活躍しているという現実を誰が否定できましょうか。「偶然」の二文字の便法は一羽の折鶴によって、人の世から消えたのであります。

 本書は、第一章心のつる草、第二章魂を乗せた一羽の折鶴となっており、一章は、いのちと心についての随想を用いて本題の二章へと導入しております。

 二章は、小さな折鶴を通して「縁結びのメカニズム」を創作シナリオ形式にして説話風に進めてまいりました。現実を生きる自分が、実は億万年から連なる亡き心たちの複合霊体(魂)であること、そして、死んで消えたのではなく、心は実に生き生きと輝いて、自分を自分たらしめている原動力であるということ、そして、死んでも生きている心の世界を、一羽の小さな折鶴が明白に証してくれました。

 その証しは、「文字・数・色」という媒体に乗って、原爆ドーム前の、元安橋の上で待っていたのです。

 

 

神秘の大樹Ⅱ 目次

 

まえがき

第一章 心のつる草

第二章 魂を乗せた一羽の折鶴

第三章 おわりに

あとがき

著者略歴

 


 

第一章 心のつる草 

「日々の心」四八二

 母はわが子を宿した

 そして

 その子に母は宿る

 母はわが子を生んだ

 そして

 その子の中に

 自分をも産み落とした

 そして

 その子の中で生きる

 母と父

 その子の外にいる元の

 母と父

 そして

 その子の中にも

 生きている母と父

 どちらも〝本物〟だ

 そして

 元の母と父は死んだ

 そして

 その子の中で育つ

 母と父

 永遠に繰り返される

 母と子

 子は母となり

 子を宿し母となり

 子の中に生きる

 死に変わり生き変わりて

 続く魂

 自分の中は魂の博物館

 

「日々の心」四八三

 母の子宮の中では

 いのちがいのちを

 いのちたらしめるための

 十月十日

 新しいいのちの再生世界

 そこは母の〝呼吸と食〟以外は

 立入禁止の聖域

 また、いのちの道は一本道

 口から入った食が

 いのちを

 いのちたらしめるための一本道

 食はいのちで

 食以外は立入禁止

 一呼一吸天の気

 一食一排地の気

 天地の気はいのちの食

 食はいのちの呼吸なり

(中略)


胎児が出生するまでの、この完璧ないのちの組み立ての仕組みは、〝天のご意志〟というほかありません。

 こうして積み上げられてきた人間の魂は、成長とともに、この世のあらゆる心身環境を取り入れながら、扉を一つ、また一つと開いていくこととなるでしょう。

 いのちの監視の中にある魂は、億万年の心の集団です。魂に新旧はないと私は思っています。昔も今もありません。百年前も、万年前の魂も、すべて〝今〟に生き生きと輝くのです。多次元立体ではなく、一次元の、一面一体で同時再生の世界です。

 浮き上がる心の条件さえ整えば、昔も今も越えた次元の〝今〟に生きてくる世界なのです。魂は活火山と同じです。条件を待って噴き上がります。その条件は、今の心でお膳立てをしています。

 「今の思い」という心も亡き魂の心も、すべて、このいのちの中に在ります。いのちの〝原子〟となって生きているのです。

(後略)

 

 

第二章
魂を乗せた一羽の折鶴

(中略)

 片やいろは姫は、田之助を鉄の一心で守り続ける中で、いのちの真実に気づきました。

 口から入った食物たちは、いのちの光に身を任せ、やがて原子の光に立ち返って、新たないのちの光へと生き変わります。そして、働き終えた食物たちは、外界へと帰っていきます。その一人ひとりのいのちの中で命が新たないのちを育て上げるまでの運びには、いかなる人知も、いかなる自我も立ち入ることができません。立入厳禁の〝聖域〟なのです。

 この聖域の旗印が、帆に書かれている〝食心の目は共時の目〟という世界なのです。

 ユングと天明には、新たな驚きとひらめきが交差していました。そして口を開いたのはユングです。

 

ユング「つる姫様

ありがとう

単純明快にいのちの中心には

食がありました

毎日の食べ物が

いのちとなる次元こそ

共時性発生の次元でした

ここにこそ

心と物質が融合一体となり

生命発生の謎がありました

食って生きる

こんな単純なところに

山ほどの理論を

積み上げたことから

解放されたような気分です

ありがとう」

と、ユングの目は輝いています。そこに天明も続いて、

天明「つる姫様

ありがとう

神示の一点が

解けてまいりました

食が新たないのちとなる次元

いのちの中心

ゼロ一点の次元が

イチリンの仕組みの

」でありました

ここにこそ

鉄の一心

食心の世界

共時の世界を

見ることができました

扉開きはゼロの目

食の目

共時の目を開くことでした

いのちの真実に

目覚めることこそ

岩戸開き

そして

心の扉開きでありました

ありがとう」

(後略)

 


 

あとがき

 一羽の折鶴が証した魂不滅の真実。死んでも心は生きている証しのシンボルとなって、原爆ドーム前の元安橋の上で待っていた小さな一羽の折鶴。どこのどなたが運んだのか、それも、新聞の折り込み広告で折られた折鶴でした。

 「一二時一三分」で「倉敷市玉島」の折鶴が待っていました。亡き天明の魂が待っていたのです。ここで出会うまでの、心の世界の、水も漏らさぬ絵図面を歩ませ続けた縁のメカニズム。それは、生き生きと輝く魂たちの意志の仕組みがあったからに違いありません。 現実と非現実、あの世とこの世、生と死…いずれも、いのちの中で、融合一体となって組み込まれているものと、その実相の世界を考えてみることができるのです。

 一連の出会いの流れを振り返れば、出版社が募集した韓国のソウルツアーが縁のポイントとなっています。そこで知り合ったのが広島の小田様でした。全国に配信された新聞記事の「数字と記号」による一六年間にわたる自動書記と天明絵画展の開催を知り、主催者としての小田様が再登場したのです。平成五年八月六日には、天明夫人と出会い、亡夫・天明の出生地が「倉敷市玉島」であること、と同時に「日月神示」の事を知りました。次に、帰路の途次、原爆ドーム前の元安橋の上で「一羽の折鶴」と出会います。「一二時一三分」のことでした。折鶴を開くと、太く大きな文字で「倉敷市玉島」と明記されていたのです。これは、天明の魂の証しだ、と直感して、天明夫人に届けることになりました。そこには、一連の縁の流れをみることができます。

 両手ですくうようにして折鶴をおしいただいた天明夫人は、感激で涙をうるませていました。この一瞬の出会いを境にして、天明夫人は運命性が一変したのでした。

 夫は生きている! 夫の魂は生きているのだ、という確信は決して薄れることはなかったものと思われます。以後、亡くなられるまでの一六年間、折をみては折鶴を開いては戻し、開いては戻して、多くの人に、天明の、魂の証しとして話し続けたのでした。 折鶴は破れる寸前になり、夫人が亡くなられる半年前に私の妻宛に送り届けられて来ました。そして、亡くなられる一二日前には、一通の書簡が届けられたのです。 ここで、その手記の一部を紙上を借りてご紹介させていただき、あとがきに代えることにします。

 

■『岡本夫人の書簡』(絶筆の抜粋) ……前略……一九九三年、平成五年八月六日、広島におきまして、天明画展を開かせていただいたとき、小さな折鶴をいただいたからでございます。それは、この世始まって以来、最初で最後の…

(後略)

平成23年初夏

著者 菅原 茂

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米(食物・自然界)の生命愛に身も心も重ねることで、波乱万丈な人生もどんなに苦しい思いも澄み切ったものへと昇華した著者夫妻。その二人が遭遇した共振共鳴共時の記録は、「こころとは」「いのちとは」という命題に対する答えの証しです。