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図・写真を除く文章のみの掲載。

神秘の大樹だいじゅシリーズ第三巻
神秘の大樹
 文字・数・色で証す新次元

 

 

 

で開いた天童の姫

 

 五節句の一つ、三月三日は桃の節句や雛祭りといわれ、女の子のすこやかな成長を祈るめでたい日である。

 平成三年三月三日のこの日、山形県天童市で奇跡的ともいえる女の子が生まれた。

 めでたい盃ごとに三三九度というのがあるが、この日の出産のめでたさは大変なものであった。三三九度を越えて三と三が何重にも重なる見事な女の子が誕生したのである。そのことを平成三年三月五日の山形新聞の記事から拾い上げてみる。平成三年三月三日午後三時三三分、天童病院の三号室で体重三三〇〇グラムの女の子を出産、この子は三人目の子どもで、父親は三月生まれの三三歳…。

 ひな祭りに大安吉日も重なったこの日、天の扉が一気に開いたとしか思えない。天童市に誕生した天のわらべ(童)ではないのか。ご両親とご家族は喜びのあまり、この子は特別な子ではないかと思ったかもしれない。これを私は決して偶然とは考えていない。「天童の街」は、「天道の街」ともひびいてくるし、天意に通じる新生児とさえ思えてくる。

 出産出生という世界は人為が立ち入ることのできない領域である。出生のサポートはできても、生命創造の世界は天意の世界である。誰も手の出せない世界である。

〝三〟の数字(数霊)がこれほど連なることは、この世に偶然などないことを知らせているようでならない。あらゆる生命の誕生が生命世界の意志性で育てられている一つの証しではないかと考えたとき、三の意志性の開花を祝いたく思う。

 いのちの根源は何であるかと問い続け、自分なりに考えると、いのちの根源エネルギーは、代謝エネルギーであり、その代謝力は躍動力に点火(転化)されるように思う。代謝力が躍動力を呼び起こして、そのエネルギーがリズミカルに作動するとき、恒久的安定エネルギーが生ずることになる。いのちは代謝-躍動-安定持続のエネルギー体といえる。その循環の中心をなすのは代謝エネルギーである。代謝力は宇宙絶対調和力だとも考えている。代謝エネルギーこそが量のバランスであり、量のバランスこそが数のエネルギーバランスだと思っている。

 私たちが生かされている地球のいのち、宇宙のいのちが、こうして恒久的バランスを持続できることにこそ、数的基本エネルギーが働いているからではないかと私は考えている。宇宙絶対調和力に欠かせないのは先に記した三大エネルギー(代謝・躍動・安定)の存在ではないのか、さらにその中心となるのが代謝力であり、数的(量的)バランスではないのか、この三大エネルギーこそが生命根源力ではないのか…

 三大エネルギーと「三」の数には、生命根源に通じる強い響きを感じてならない。天童の街に生まれた新生児は、数的バランスと調和に満ちたいのちの力で溢れている、安定した生命を授けられたいのちといえるのではないか。

 この新聞記事を読み、この子の名前を知りたくなって父親に電話で尋ねてみると、絵美と命名されたとのこと。やはり、数の三の響き〝美〟(み=三)で締めてあった。電話をかけたのは平成二〇年一一月三日の文化の日、何の意図もなく「三日」のご縁であった。そればかりではない。この日、妻と二人で一〇年前に開拓した鳥海山麓に水汲みに行ったのだが到着したのが三時三三分。作業日誌に記録しようとしたとき、「あれ」と息をのんだ。午後三時三三分は絵美ちゃんの出生時間ではないか。

 どうしてこうなるのか、確答を得ることはできない。無関係の関係性が共時性現象の現れ方の一つなのである。どのような縁でも、われわれ生命体のいのちのは紛れもなくすべてに繋がっている。生命コンピューターにまさるものはありえない。いのちの無線は〝意志〟なのである。

「これでもか」「これでもか」と、いのちの中で、魂不滅の意志性を強烈に感じた一瞬であった。

 

 

 

 

 

 

酒と菊の花

 

 圧縮された魂はいずれは爆発する。圧縮されればされるほどその反動は増幅する。理性の蓋を破って一気に飛び出すびっくり箱。魂に新旧はなく時空を越えて活性化する。抑えても抑えても心の壁を破って外へ出る。心が麻痺してコントロール不能となれば、理性不全でブレーキ不全の危険信号だ。在りし日の自分の姿を目の前にしたような気がした。

 彼はある日、一人の同僚を連れてやってきた。平成三年四月二〇日の夕方のことだった、左手に二本のビール、右手にはツマミを持っていた。

 見たところ貴公子風の彼は、かなりの酒が入っているらしく、目はとろめき加減で、一瞬私は身構えた。断酒してからというもの、この家には酒席の外来者は誰ひとりとして寄せつけていなかったからだ。

 私には、酒は喜びの域を逸脱しがちであった。酒を飲めば常とはいわずとも身を滅ぼす酒乱となって地獄酒となったあの日、あの時が、恨めしくも心のスクリーンに映しだされてくるのである。

 私が断酒してすでに六年が過ぎようとしていたこの日、彼は、断酒を誓いながらミリほどの隙間から吹きつけるアルコールの風に心がゆらぎ、昼の酒に手を出したのであった。

 それでも彼は、ここ一四日間は禁酒を守り通していた。私はその辛さがわかるだけに「よくやった」と思うが、一度口に入れた酒はすべてを麻痺させる魔物に変身してしまうのである。理性のブレーキが効かなくなり、それまでの努力も苦労も、ちょっとした気のゆるみで、「百日の説法屁一つ」の喩えどおり、無駄になってしまうのである。

 彼はその日、友人から結婚式の招待を受けていたのだが、どんな言い訳をしたのか欠席することにしていた。自分自身を一番知っている彼は、酒席を避けることが唯一の断酒への道だと思っていたにちがいない。

 私が彼を知ってからまだ半月を過ぎたばかりだった。妻と二人で商品販売をやっていたから、その特約店の拡大を進めていたときで、そこに紹介されたのが彼の母親であった。話は商売の話から身の上話に及び、母親は息子の酒癖と身の処し方で長いこと悩み疲れていたというのである。そこには、息子の酒乱に苦しむ母親の耐え難い心の苦節があった。その苦悩を心底から受け止めたのは私の妻であった。夫の私にかけた酒乱との歳月がいかほどであるかを知る苛酷波乱の日々を越えてきたからこそ、生々しく受け止めることができたのであろう。

 商売の話もそこそこに、酒乱の息子をどうしたらよいか、息子の断酒更正に心血を注ぐ、話はその一点になった。

 そこで思いついたのは、彼を連れたって、一度私が体験したことのある内観法という心の修行に出てみることだった。平成三年四月七日、その日がやってきた。

 三重県にある専光坊というお寺での七日間の行は、自分を深く見つめ直すことの連続であった。

 早朝から夜遅くまで、本堂での説法と読経、三度の食事における行儀作法などから、メインはお堂の外で行う一〇時間にも及ぶ座禅三昧の中で、お坊さんの指示で、年代を区切りながら、記憶の限りを思い起こしていく。一定の時間が来るとお坊さんから「何を思い出せましたか」と問われる。そして、次のステップ。年代を区切って「何歳までを調べてください」と、指示を出される。

 何も敷かれていない板場に素足のままで座し、ひたすら自分調べに没頭し、自分の過去を洗いざらい調べることで、自分の内面をより深く反省することができる。ここの専光坊は、世界各国からの外人修行者も見えられるほど、人格更正の妙を得た独特の行法を成す希有なるお寺である。

 彼の七日間は辛かったと思う。時々トイレに立ってはこっそり喫煙をしていたようだ。当然にして七日間、酒、タバコは一切禁止。暗い早朝から夜九時までの自分調べは耐え難いものであったと思われるが、どうにか終了することができた。

 その日の帰りのマイカーの中も、修行の延長線上にあるので、酒、タバコは禁止。だが車中は二人きりであり、彼はヤクザな世界に身を置いてきた身分。豹変して私を恫喝どうかつしてでも、酒を買って飲みたいと思ったかもしれない。

 私にしてみれば、全くの初対面の若者ではあるが、酒害に犯されたということでは、同類の魂の持ち主でもある。うれしいことに、帰宅するまでの約八〇〇キロの道中を、気分を損ねずに無事戻ることができた。

 それからこの日までの一四日間を禁酒で通してくれたのだが、前にも記したように、その日は友人の結婚式である。彼は招待を受けていたが、理由を付けて欠席をすることにして酒席を避けていた。この壁を越せばよかったのだが、酒席を避けたことで欲求不満との闘いが始まる。

 欲望をすらりと流すか無視できるなら、断酒は成功というものだが、それができないステップの中で、彼は魂の押し上げに負けてしまい、昼の酒に手を出したのであった。

 情報時代の現代は、いたるところにアルコールの誘惑が嫌というほどに取り巻いている。アルコールの風は少しの心の隙間から吹き込んできて誘いをかける。

 今は身を引いたが、ヤクザな世界に埋没していた当時は、大麻にも手を出し、司法の世話を受けて高い塀の中で半年ほど過ごしたとも彼の口から聞いている。

 心霊世界の魂には新しい古いはない。時間、空間のない世界で、私たち一人一人の心を支配している。心霊世界の魂は、響きを上げてその出番を待っている活火山のマグマといってもいいかもしれない。

 誰であれ、心の中では、今に生きようとしている魂のマグマダマリが触覚を延ばしてうごめいているのである。

 このような新旧混沌とした魂のエネルギーが、プラス因子に働くのであれば万事がうまくいくのだが、ひとたびマイナス因子に働くことになれば、表層の意志の力を打ち破って外に出てくることにもなり、すなわち、理性という心のブレーキを打ち砕いてしまうのだ。小さな穴が空いて川の堤防を決壊する災害のように、常に、アルコールの風は心の隙間に容赦なく吹きつけている。

 友人の結婚式欠席という、出席したいがそれを抑えた鬱積が、彼を昼の酒に追いこむことになったのであった。彼は、二本のビールを私と一緒に飲もうとしたのだが、私は、「あなたは飲んでも俺は飲まない」と断った。

 このとき、妻がお茶を用意して運んできた。彼にはお茶など目に入らない。ビールの独り飲みを続け、いよいよ饒舌に拍車がかかってきた。彼は、決してちらつかせることのなかった上半身の入れ墨の肌をまくり始めた。こちらは何の心の動きもなくじいっと見ていると、ついに上半身を裸にしたのである。彼は長身で肩幅も広く、肌はピンと張り詰めていた。なかなかの彫り物である。それは「菊の花」の文様で彩りされていた。そのとき、妻が先ほどのお茶碗を右手で持ち上げて、
「それ、菊の花の茶碗ですぞ、あなたの入れ墨とそっくりだ、菊の花と菊の花が共振共鳴している姿ですぞ、どうです!」
と詰め寄った。呆気にとられた彼は酔いが醒めたと思われるほどの驚きの声を発していた。

「菊の花」の意志的響きは魂の切なる思いの表象ととらえてもよいだろう。彼の肌身に染み込んだ菊の花の入れ墨は、彼の魂深くに訴えたのであろう。あるいは、これまでに浮き出てこなかった魂の意志表現が菊の花で具体化したのかもしれない。そして、お茶碗の菊の花と合わせ見た彼の魂は、奥深くで、何かが大きく崩れてゆく思いだったのであろうか。

「縁」には、いのちの調和力が働いていると私は理解しているし、出会いの〝縁〟によって人生ががらり一転した話は少なくない。〝縁〟にはきっと何かを諭すエネルギーが働いている。

 

 

 

 

 

 

飛鳥せきの魂が証した
文字的現実

 

 一二月八日といえば、お釈迦様が大悟された日として、仏教界の各所では成道会じょうどうえが行われることで広く知られている。昭和六二年の当日のこと、二人の女性が、法要に参加するため東京都下に向けて自家用車で出発したのは夕方のことであった。

 二人は縁あって私の妻とも親交を続けていた。出発に際して妻は、万一不足したときに役立ててくださいと言ってお金を手渡した。

「このお札には飛鳥せきという霊能者の魂がこめられており、何かにお役立てくださいと言われて私が親族から預かったお金です」

と、妻は二人に念を押して手渡したのであった。

 初冬といっても日中は晴れ渡るよい天気に恵まれ、夜になってもうっすらと雪の気配があるくらいで心配することもなく車で出かけたのであった。往復八〇〇キロほどの道程である。

 ところが、日付が翌八日に変わった深夜二時くらいのこと、布団の中でなんとなく目が覚めかけた私は「うわー」「うわー」という女性の声をふた声聞いたのである。

 その叫び声は鮮やかに耳元に残った。その瞬間、前夜出発した二人のことが気になり、事故にでもあったのではないかと、全身に冷気が走った。

 一体どうしたことだろうか、とその叫び声が離れずにしばらく寝つくこともできなかったが、やがて夜も明けて朝を迎えた頃、二人から連絡が入って、無事に到着したことを知らされた。

 あの声はいったい何だったろうか、単なる幻聴ということなのか、と思ってもみたが、いつしかそのことも忘れてその日は過ぎた。

 成道会も無事終えて、二人が都下を出発したのは夜の六時過ぎである。日付が九日に変わった早朝の四時ころ、耳元深く微かにひびくべルの音は、眠気に消されて遠くなり、近くになりながら鳴っている。次第にはっきりと目が覚めて、「まさか!」という思いが走ったときにはベルが止んでいた。

 二度目のベルが鳴り出したのは五時頃のことである。再びまさかと思いつつ、階下に走り降りて受話器を受けると、

「事故を起こした…」と、弱々しい女の声が耳元に突き刺さった。場所はどこかと聞くと

飛鳥あすかの所でせきに落ちた」

と言うのだ。

「え、飛鳥のせき!〝飛鳥せき〟か!」

と絶句した。

 夜を徹して交替しながら走り続けて、あと一五キロくらいで到達できるという地点で事故を起こしたのである。

 幅約二メートル、深さ約二メートルくらいのせきに垂直に落下したごとくはまって車は大破。二人の生命には別状なく、わずかの擦過傷と打撲で済んだ奇跡的な事故になった。

 二人の話から意外な事実が分かった。昨日の法要に参詣するとき、所持金のお札が汚れているからと、妻から預かった飛鳥せきの、折り目のないきれいなお札を抜き出してお供えしたというのだ。

 あれほど念を押されていたことはすっかり忘れて、自我の面目を立てたのである。「万一不足のときは役立ててください」と妻に言われた飛鳥せきからの真心の約束を破り、面目を第一に考えた二人が飛鳥村の堰に引き込まれたという現実は、霊魂不滅の生きて働く証しともなった。亡き魂の愛の実在を示すこととして、心の引き締まる思いになる。

 霊能者、飛鳥せきは、旧姓が高橋で、最上郡赤倉に出生し、向町の飛鳥姓の夫に嫁いでいる。飛鳥姓のルーツは、飽海郡飛鳥郷(現在の酒田市飛鳥)から開拓のため入植したことが始まりと聞き及んでいる。

 二人が落下した場所はまさしく〝飛鳥の里〟の中央を流れる堰なのである。

 霊魂は現実世界で、われわれ肉体生命の中で、このようにして文字的ひびき、数字や色彩を媒体にして、その存在を明らかに示すのである。煙になってどこかに消えて無くなるという便法は成り立たない。みんなの潜在意識層の中で活躍しているのである。

 

 

 

 

 

 

鯉が天から降りてきた

 

 天は晴れ渡り雲一つなく、草木は緑に映えて静かな日和であった。四枚のガラス戸を開き、ときどき庭に目を移しながら二人は話に花を咲かせていた。突然、目の前に異変が起きた。

 妻と客人はそのとき、鯉のぼりの話をしていた。目の前で「ドス」と鈍い音がしたのである。それ以外に音らしい音は何一つない。きっと何かが落下した音であろうと、庭の鉢植えのうしろの雑草の中を覗いてみた。音の正体はすぐにわかった。十五センチくらいもある大きな魚が、白い腹を見せて横になっていたのである。

 家には池などない。フナともコイともつかない川魚である。天から落ちてきたことだけは明白である。あの「ドス」という鈍い音からして、相当に高いところから落ちてきたのであろう。とすると、トンビかカラスのしわざだろうか。きっとそれに違いない。

 半世紀以上生きてきたが、こんなことは初めてである。妻は鯉だと言う。鯉のぼりの話の最中に天から鯉が降りてきたのは、何としてもでき過ぎである。〝コイに落ちた二人〟などという駄洒落の話ではなく、鯉のぼりの話のとき、鯉が本当に天から降りてきたのである。

 紛れもなく天の声であり、魂不滅の共振共鳴の実演であろう。それは平成三年六月七日金曜日午前一〇時頃の話。

 天空を舞う鳥に同化できるのは、魂以外にない。鳥と同期できるレベルは、いのちの次元に立つほかないのである。

 

 

 

 

 

 

車のナンバも命の意志

 

 いのちの力は絶対である。冷酷なくらい絶対である。なぜなら、生死与奪の全権を握っているのが、〝いのち〟なのである。個々のいのちにその絶対力が常に働いていて、そしてその力は宇宙直結の絶対力なのである。

 宇宙絶対調和力と直結の最末端の私たちのいのちである。その絶対力は常に安定持続のエネルギーを中心力としているから、心身の乱れは安定持続に向けて常に正されている。いのちは絶対の調和力を中心力としているから、泣いても笑っても正される。あとは一人ひとりが自問自答して考えるほかはない。そのいのちの絶対調和力の原動力となっているのが、〝量的バランス〟だと私は考えている。

 量的バランスはすなわち数的に象徴されると考えてみれば、生物の存在における量的バランスに直結して働いていると考えてみることもできる。

 何事も数的バランスがうまくとれるように働いているし、もちろん心のバランスにもいのちの力は直結して働いている。

 生物存在のバランスを考えるとき、数が多すぎればとかく問題が発生しやすく、そして、数の調整にはいろいろと悲惨なことも発生してくるようである。

 この世がうまく回るために、増えつつ、減りつつ、ほどよく持続可能を保持しているように思えてならない。その最たるものこそ生と死といえよう。

 いのちの力は絶対力で働いていて、しかも、個々の生体にはいのちの監視限が二四時間体制下で光っている。〝寝ていても寝ないで守るいのちかな〟と。そして私たちの心身はこのいのちの中で育てられている。というより、見守られながらいのちに添った心の調和に向けて育てられているといえる。

 いのちは神通力であるから千里眼などはなんのその。どんなことにも〝意志性〟をもって生体存続の支配力を発揮する。われわれの生も死もすべてがいのちの手の中に握られているのである。

 いのちの手の中で生かされている小さないのちの私たちであるから、やること成すことすべてにおいていのちの意志性の中で生きていることになる。

 いのちの中では、量的バランス作用(調和作用)が中心力となるから、現実には数的動きの現象が目につきやすいのも当然であろう。最も分かりやすいものとして、生年月日という命数で象徴されることが多いようである。例えば、次のような事例もその一つであろう。

 

 

 平成三年六月一八日、この日、ある女性は三七歳となった。昭和二九年六月一八日の生まれである。この世に二人といない生命の誕生である。その日を数字に並べてみると、〝29618…37〟となり、この数字を、生命界におけるいのちの登録番号、「命数」と私は呼んでいる。

 この世に二人といない、本人独自の意志性直結の命数ということもできる。こんなことをいうと直ちに反論されるかもしれない。なぜなら、昭和二九年の一年間で数百万人もの人が生まれている事実があるのであるから。

 確かに、昭和二九年に全国で数百万人が生まれているであろう。その年の六月生まれとなればその数は数十万人に減少し、さらに一八日生まれとなれば数万人に減り、さらに◯◯時◯◯分生まれとなれば、全国でも数人単位であろう。

 それ以上の何十秒、さらに何秒単位で見るならば、この世には、自分という者は〝無二唯一の生命〟となるに違いない。たとえ一卵性双生児にしてもその時間の差は大きいものである。双子が同時に顔を出すということはないであろう。正しく、生命誕生は原子の世界であり素粒子の世界である。誕生の秒単位の世界でそのタイムは、自分だけの暗証番号となって登録されているに違いないのである。

 本人に宿るいのちの命数は内的なものであるが、その意志性の共振共鳴力は外的現実世界でも具現化しているのである。しかし、そのことはめったに気づかれることはない。

 その日の夕刻、誕生祝いを外食で祝うことにした。車で向かい、店の近くの交差点にさしかかったとき、一台の乗用車が急に前に飛び出してきた。

「92‐73」というナンバーを見たとき、私たちは声を出して驚いた。この数字を逆の右側から読んだとき、「3729」は、〝三七歳の二九年生まれ〟という意味になってくるのである。その女性にぴったりの数の魂であるが、一般的にはそんなことは相手にされないかもしれない。だが、私たちにしてみれば、「お待ちしていましたよ二九年生まれの三七歳さん」と思っても不思議ではないのだ。このとき、デジタル時計を見ていた妻が、車じゅうにひびく大きな声で

「六時一八分だ、誕生日だ、今日だ!」

と叫んだ。今日は六月一八日で女性の誕生日とぴったりなのである。私はその車にぐんぐん近づいてカメラのシャッターを押した。

 正しく天意の道案内というほかはない。命数で示したいのちの意志は無二唯一の命数であり、数字というものは、いのちに直結する意志性のひびきでみち溢れ、この世に偶然という一過性の現象は煙となって消えていく。

 数的表現の意味することは、いのちの中心エネルギーに直結した根源的言葉のひびきをもつものだと、私は信ずるようになった。

 

 

 

     

      

 

 

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