図・写真を除く文章のみの掲載。
酒乱の因縁と闘う自己解体
妻との葛藤
浄土へ向けての過渡期
酒乱成仏、息子に残してなるものか
いかに、祖先累々の生き様がどうであろうと、また、このオレも祖先になる日がくる。今の自分に責任をとれるのは、当然、自分だけだ。
今、このオレをバラバラにして洗い直し、組み立てなくて、なんとするか。悪い習慣の心は、焼き捨ててしまわなくて、なんとするのか。無難に生きる人々には、アッケにとられる話かもしれない。なんとしても、遣り通すことだと、その後も、私は身心に、過酷なプレッシャーをかけていった。
この、心を改心させなくては、ふたたび、酒乱は雑草のごとくに生えてくる。いつも脅かされることになるのは、火を見るよりも明らかではないのかッ。新しい生き方の幕明けのためには、それなりの覚悟が必要だ。
酒乱(酒害)を直す第一条件は、断酒以外にない。その次は、心の転換だ。心の向きを変えていき、新しい心の習慣を確立することだ。そのため、私は、心身にプレッシャーをかけて、従来の、物事に押し流される弱い心から、強い意志力に変身しようとしている。
酒を飲まないで、生きる喜びを、ありあまるほど味わえる人間にならなくては、意味はない。また、飲んだとしても、自在にコントロールできる意志力と、新しい価値観を開発しなくてはならない。
このような話は、酒と縁のない人たちや、喜び酒より飲まない人には、よくわからないことだろう。だが、私にとってはそれどころではない。まず、酒をやめ、次に、新しい意識の転換をやらねばならないと思った。そのためには、新しい心の積み重ねしか方法はない。
意識を改めるということは、容易のことではない。この体ひとつにも、何千年、何万年の歴史が刻み込まれているのだから、油断をしたら、なにが飛び出してくるかわからない。良いものばかりが、どんどん出てくれたら、そりゃ優等生になる。だが、私みたいに、具合の悪い、毒性ばかり出てくると、一生がメチャメチャの波乱となる。
具合の悪い、暗い影に脅かされることなく、いつも正しく、明かるく生きられるためには、祖先累々の想念を引き出さねばならない。その誘導は今の心であり、一心に善い心を持ち続けなくてはいけない、と、真剣に考えつづけた。そんなことは、小学生にだって先刻承知なのだが、この五十男は、カラスに襲われながらも、必死になってそう思っていた。
だが、その善い心を持続しようとすると、なにかに、パクッと、食われてしまう。自分の中の悪性の心が、善性の心を、いつも食い続けている、ということなのだ。それでは、その悪を退治しなくては、いつになってもやられっぱなしとなる。それで、私は、足腰立たなくなるまでに、新しい自分の心を確立して、価値観を高めるということを始めたのである。
要するに、自分の体内にある、過去性とか、祖先累々の想念を大掃除して、俗にいわれる、因縁解脱とか、因縁成仏という意識の転換を果たして、新しい信念の確立をするということなのである。そのためには、肉体的、精神的にも、自分をバラバラに分解することだと考えたわけである。
このことは、とても危険な模索であった。そのため、社会の常識性を、一切遮断することからの出発なのである。そして、正気と狂気の境界線を走り出した。少し気を許すと、狂人世界に足を踏み入れることになる。何度か勇み足もあった。その意識の混沌とした時に、七羽のカラスに攻撃されたのだった。
だが、そんな時であっても、〝自分というものに目覚めていること〟に成功することができた。このような自己覚醒ということは、とても大事なことである。それは、狂気に陶酔して、目覚めがなくなっては、自己不在の恐ろしいこととなる。病院行きはご免だッ。世の中の乱れは、目覚めなき、自己不在の陶酔狂に、ほかならない。
自己に目覚めることの、いかに重要なことか。これは、生命を知るきっかけとなった。そして、自己に目覚めながら、もっと、もっと、自分を狂わせて、ギリギリまで心の奥へ踏み込んでみようと思う。
もう、心身がボソボソになったが、この危険な時でも、妻は、静かに見守っていてくれた。ここまでくると、酒乱であったことの記憶も、だいぶ薄れたが、目指すは変身した自分だ。それは、いかなる心や、現象にも迷い、執着することのない自分に変身することだった。正しい尺度に照らした安定調和の心で、この世を全うできる自分になることだと。
同僚たちは、そろそろ定年で退職だ。そして第二の余生を、どんな気持で生きるかは知らない。ところが、私は、これからが本番の、人体実験の真只中である。
そして、極楽浄土の真ん中で、生きる喜びを爆発させなくては、なんにもならない。また、一方では、妻の愛一念に先導されながらも、断酒後の中で、妻との葛藤が烈しさを増している。地獄からは、どうやら這い上がったものの、極楽浄土までは、遠い遠い道程であった。
妻と、意識の上で、真向から対立することがある。酒乱真盛りの頃、妻は、従順の女から、強い女へと変身をした。こっちは、なぜか、自分を先導しようとする妻に、反射的に対立する。主従の関係、夫唱婦随の形が逆転し、妻が強くなったということより、妻は不動の信念を持つに至ったというのが、真実だ。
私はというと、表面意識が薄れてガタガタの身心だから、舞い上がる潜在心が騒ぎ出す。もろもろの抑制心、劣等感が堰を切ったように崩れてしまう。「お前の世界、お前の心には、ついてはゆけない。お前は、こっちの考えに、半分くらいは譲らんのかッ」と、考え方の違い、人生観の違い、全体的意識の焦点が違うという理由で、事あるごとに対立が続いてきた。お互いに、心の中心にある芯を、剥き出そうともがき続け、心は、現実界と精神界を、行ったり来たりと、混迷の度合を深めていく。「オレは、なんのために生きてるのか。生きる証しは、なになのかッ。ただ、食って、寝て、起きて、タレて……、オレの生きる証しとは、なになのかッ、教えてくれーッ」と、誰に叫ぶでもなく、苦悶を続ける中、そこに、妻の心試しが、矢のごとく打ち込んでくる。
「夫は、心浄めをどこまで高めておるのか……」と、こっちの嫌なことを、すっぱと放つから、「なんだよーッ、いつまでも、オレのやったことを言いやがってッ。やっと、すまないことをしたもんだと、思っているのに、お前を苦しめ通しで、なんてこったッ。申しわけないッ、と思ってきた矢先に、傷口を広げるように、あの時、あんなことしておいて、よくも平気でおられるもんだとは、なんてこったッ。酒やめたら、オレの欠点はないんだろッ。酒をやめても、グタグタ言いやがって、お前とは、いっしょにおれないよッ」と、言いたい放題である。
ところが、妻は平然として、「お父さんの心は浄まりには、まだ遠い先のことだこと……」と、返してよこす。
真心のない、粉飾した人の心ほど、嫌なことはない。妻は、真心のないニセの愛情にはことのほか冷徹に跳ね返してくる。夫にも、出入りの人たちにも、区別はしない。
「今日は嫌だとか、調子が悪いとか、なんだかんだと、愚痴を言って、太陽は休んだり、愚痴を言うかッ」と、やられる。
「心を汚すとは、なんということです。みんなを生かす食物の生命は、それぞれ違う物が口から入って、一本の管を通っていく。口から入った食物たちが、体の中で、互いに、あーだの、こうーだの、混線するかいッ。一糸違わず、一体となって、流れていくじゃないか。そして、外に出てくる。だから、こうして、みんな生きてるじゃないかッ。食物の生命に笑われるぞッ。意地の悪い心を持っちゃ、申しわけないよッ」と、諭すのだった。
また、「死は、師となる生命」と妻は言う。亡くなった人の生命も、食物の生命も、自然界のすべての生命も、みな、我々の師となる生命だと言う。「どんな辛い思いも、どんな苦しい思いも、感謝、喜びに代えて、生きねばならないものです」と、言い続ける毎日であった。
二十八年間にわたった酒乱人生も、地獄期が終り、その後の六年間は、たとえ、試練は厳しくとも、意義深い過渡期の橋渡しであった。
妻から逃げ出そうとして、家を飛び出したことも二度、飛び出そうと考えたことは数え切れない。我が身の、あまりの不甲斐なさに身を切られる思いなのである。二度の逃避は、七十二日間の全国一周車旅となって山中に、河原に、神社に、路上にと、車中泊であった。
五十六歳の時のこと。約二万キロにのぼる放浪の旅は、軽い断食行も兼ね、さらに、走行中に行なった激しい呼吸法で、三度も失神を起こした。狂気千万だが、しかし、己という自覚を、「守り刀」のように、心に抱いていた。京都近くで、また、北海道は網走近くで、と、路上でのアクシデントはあったが、よくも無事ですんだものと、今更ながら生命の重みの大きさに責任を感じている。
この間には、数え切れないほど心霊体験を経験した。
ままにならない この体
肉体よろいに かこまれて
身動きできない このいのち
脱いで脱ぎ捨て できるなら
いのちのままで 生きられる
あれよこれよと とらわれて
無限の欲の 渦の中
もっと、もっとの 人心
悪に染まった 欲の皮
脱いで脱ぎ捨て できるなら
いのちのままで 生きられる
喜びだけの 天国で
生きる喜び 人の道
酒乱二代で汚れたこの心は、だいぶ、浄まってきている。心の浄化が進むにつれ、妻の、心試しも、次第に少なくなってきた。
息子にだけは、親の悪性波動を伝えてなるものか! 一度も見せたことのないこの酒乱の恐ろしさを、息子の生命は、もう知っていることだろう。
だが、妻の真心が受け皿となって、常に、善性の転化エネルギーが作動しているはずだ。そして、今の私の執念である自己改革によって、さらに、修正波動となって、息子の生命に浴びせ続けているはずである。息子は、今、外国勤務である。
天を見れば 同じ星
つないでおくれ お星様
浄く輝く 星心
なって流れる 父心
正しき道をば 歩みゆけ
先を歩くぞ 父と母
星に恥じない 輝きを
心に作って 生きてくれ
天下晴れての 親子星
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